「ピックィー」。4月の晴れ渡った空からサシバの懐かしい鳴き声が聞こえてくる。
サシバは、秋になると一斉に南へ旅立ち東南アジア方面で越冬する。近畿地方へは、毎年4月初旬に帰ってきて繁殖を始める。春になると今か今かとサシバの声を心待ちにしてしまう。
サシバは里山を代表するタカである。田んぼや畑がある丘陵地帯でよく見かける。田んぼや畑の脇の電柱に止まり、カエルやヘビ・モグラなどを探している。獲物を見つけると素早く急降下して捕まえ、巣へと運んで行く。かつてののどかな里山の風景である。かつてと書いたのは、近年サシバの個体数が激減しているように感じるからである。田んぼや畑に出てきて獲物を探す姿を見ることが少なくなった。田んぼや畑にサシバの獲物となる小動物が少なくなってしまったのだろう。外見上は大きな変化のない里山地域においても、サシバの生活の変化から推察すると生物多様性が失われ始めているのではないかと思われる。
また、サシバの個体数が減っているのは、越冬先の問題なのか繁殖地である日本の問題なのか、両方が関係しているのかをはっきりとさせてその地域の豊かな自然環境を取り戻す必要性が出てきそうだ。
4月になって繁殖地に戻ったサシバは、ペアで巣造りをして、5月の上・中旬頃に産卵する。2?3羽のヒナを育て、ヒナが巣立つのは7月の上・中旬頃である。巣立った幼鳥も2?3ヶ月後には、海を越えて長距離の渡りをする。長距離の渡りは相当な危険をともない、特に、経験がなく飛行技術の未熟な若いサシバはさらに危険度が高くなるだろう。
春の渡りでは大群となることはほとんどなく、三々五々各地へ姿を現すが、秋の渡りでは各地から合流したサシバが大群となることが多い。愛知県の伊良湖岬や鹿児島県の佐多岬などは、数万羽のサシバが通過する場所として有名である。これらの場所以外でも規模は小さいものの、各地で数羽から数十羽の群れが南西方向へと渡っていくのが秋晴れの空に観察できる。
30年近く前の10月上旬。有名な渡りの通過コースではない自宅の裏山で、20?30羽のサシバの群れが澄み切った青空をバックに現れた。それぞれが流線型に翼をすぼめて垂直急降下や急上昇をしたり、2羽がもつれ合うように追いかけあったりと素晴らしい空中ショーを繰り広げた。非常に長い時間夢中で見ていた記憶があるが、今思うとたぶんほんの数分間のことだったであろう。
里山で止まって獲物を探しているサシバとは一味違う活発でかっこいいサシバの一面だった。その後、これほど華麗な飛行をするサシバの群れに出会っていない。この日の華麗なる空中ショーの感動は、今でも心に焼き付いて鮮明に覚えている。サシバの俊敏な急降下を見るたびに思い出すのだ。