Vol.54 アフリカ撮影記 Ver.15 クドゥ



ねじれた大角を持つ雄のクドゥ。土に溶け込んだ塩分を舐める。たくさんの動物たちがやって来て舐めるので地面が大きく掘れている。

くるくるとねじったような大きな角を持つ雄のクドゥは、アフリカの大地によく映える。

クドゥは体重が200kg前後あり、大きな雄では250kgもある。角を持つのは雄だけで、角の長さが1.8mを超えるものも記録されている。重さはおそらく一本で十数kgはあるだろう。高く跳び薮を駆け抜けて走るには角を自在に操れるだけの筋肉が必要だ。角は重いだけでなく長いので、余計に振り回されてしまいそうだが、急な方向転換や頭を振ったりする時にふらついたりはしていない。そう考えると彼らは強靭な首の持ち主であることがわかる。

力強い体でこの角を振り回して肉食獣を追い払うこともあるが、追い払いの効果はあまり期待できないので、積極的に武器として角を使用するものではないらしい。雌をめぐってのなわばり争いで激しくぶつかり合ったり押し合ったり、あるいはディスプレイに使用したりと、角は同種間の争いで主に使用されるのだ。

激しい闘争によって片方の角が折れてなくなってしまったクドゥを時々見ることがある。角の重さは半分になったものの、バランスが悪くてかえって動きづらいように見えるのだが…。当のクドゥは気にする様子もなく、頭が角のあるほうに傾いているわけでもなくまっすぐに立っている。クドゥの角はニホンジカのように毎年生え変わるものではないから、このクドゥは一本角のまま生きていくのである。このバランスの悪さから、肩凝りや首の凝りに悩まされはしないかといらぬ心配をしたくなる。

彼らは大きな角を付けたままでも障害物を軽々と飛び越え、薮の中では角を水平にして体に添わせて素早く通り抜けていく。

ある時数頭のクドゥがフェンスの脇にいるのに出くわした。車の出現に驚いたクドゥは高さが2mほどのフェンスを次々と飛び越えたが、少し小さな若いクドゥだけが躊躇してオロオロしている。小さなクドゥにはこのフェンスは高すぎるようだ。そのうちに有刺鉄線が少したるんで間隔が広がっている部分に狙いを定めて、この隙間を飛び越えて逃げていった。

それにしても、小さいとはいえ体高が1.2mほどあるクドゥが、広いとは言えないその隙間を通過したとは信じられない。僕は、クドゥが体当たりで有刺鉄線を切って通り抜けたのではないかと思い、そこへ行ってみたのだが、有刺鉄線は切れていない。フェンスはほとんど揺れなかったから、本当に見事にこの間隙をすり抜けていったのだ。前脚と後脚を水平にして、体が最も細くなる姿勢で有刺鉄線の間を抜けていったのである。サーカスの動物ショーの火の輪くぐりも顔負けの素晴らしさだった。

お世辞にも細身とは言えないずんぐりとしたクドゥは、いかにも鈍重そうに見えるので、余計に軽やかでしなやかな身のこなしに驚かされた。首だけでなく、全身の筋肉が強靭でしなやかなのだ。

Vol.53 アフリカ撮影記 Ver.14 野焼き

野焼きの炎は強弱を繰り返しながら燃え広がってゆく

乾期の終わり頃、ジンバブエの国立公園では草原に火を放って野焼きが行われる。

枯れ草を焼き払っていち早く新鮮な植物を復活させるためである。確かに野焼きをしたところでは一週間もすると一面が緑に覆われ始めている。隣接して枯れ草が残っているところと比べると圧倒的に新鮮な緑が多い。草食動物たちにとっては栄養豊富な植物がいち早く芽吹いて格好の採食場所になるだろう。

野焼きが鎮火するとすぐに、どこからともなく猛禽類が集まってくる。上空では熱上昇気流が激しく渦巻いているらしく、びゅんびゅんと慌ただしく曲技飛行をしている。焼け出されて舞い上がった昆虫などを狙っているのだ。昆虫を捕食する猛禽類にとっては大いなるチャンスだ。

僕はこの野焼きに取り囲まれそうになった経験が2回ある。1度目は岩山に登って撮影をしていた時のことである。その日はあちこちから野焼きの煙が上がっていた。午後になって煙がかなり近づいてきていることに気がついた。岩山の下に車を止めているが、そこへ火が徐々に迫っている。朝通ってきた道路沿いをこちらへ近づいている。反対方向の道路を見ると別の野焼きが近づいている。挟み撃ち状態である。

僕は草木のない岩山にいるので火に囲まれることはないが、車のほうが心配だ。もはや火の行く先を監視しているだけで、撮影どころではなくなっていた。最初のうちは煙で野焼きの場所がわかる程度だったのが、今では高く燃え上がる炎が時折見えるようになっている。急いで機材を片づけて岩山を下って車に戻った。とりあえず一か八か車で逃げるしかない。来た道を戻る。少し走ったところで前方から煙がどっと流れてきた。これはやばい、火は近い。車一台が通れる程度の狭い地道をUターンができるところまで慌ててバックする。しかし、反対側からも炎は近づいている。燃えさかる火のそばを通ると車に引火するかもしれない。

その時、煙の中から一台の車が走り出てきた。楽しそうにこちらに手を振っているのを見て今までの緊張が一気にほぐされた。道路を走って野焼きを通過する分にはそれほど危険はなさそうだ。気を取り直して煙の中へと入ってみた。炎は小康状態になっていて危険はなかった。

2度目は、山の林の中でブラインド(人間の姿が動物から見えないようにつくった簡易的な隠れ家)に入って動物が現れるのを待っている時だった。どこからか煙のにおいがしてきた。そのうちに煙が漂い始めたので僕はブラインドから飛び出し、まわりの様子を確かめた。炎はだいぶ迫ってきているようだ。風向きからしてまもなくこっちに来ることは間違いない。

布で作った簡単なブラインドを引きちぎるように大慌てで回収し、機材を担いで逃げ出した。心臓はどきんどきんと高鳴っている。登ってきた方向はすでに炎が来ているようだ。反対方向へ歩いて大回りして戻るしかない。麓に到着してさっきまでブラインドを張っていたところを見上げると、バリバリと音を立てて燃え始めていた。危機一髪だった!?

アフリカでは自由に山や林を歩いて撮影できるナショナルパークは数少ない。あえて歩きまわれるフィールドを探して猛禽類の撮影にチャレンジしているのだから、こうしたハプニングを避けては通れないのかもしれない。

Vol.52 ニホンカモシカ:ツキノワグマを追い払う



クマの行き先を監視するカモシカ。逃げるクマと追跡するカモシカ。

カモシカは、他の野生動物に比べてあまり人間を恐れない。

これは、1934年に天然記念物、1955年に特別天然記念物に指定され、50年以上もの間人間に追われることがほとんどなかったからなのかもしれない。かつては幻の動物と呼ばれるほどに生息数が減少していたようだが、現在では、山で出会う可能性が最も高い哺乳類と言えるくらいに生息数が増えている。

山を歩いている時にばったりと出くわすと、カモシカはシェッ、シェッと吐き捨てるような声で鳴きながら逃げて行く。時にはキョトンと立ち止まってこちらの様子を見ている個体もいる。

至近距離で出会っても、こちらを気にせずに悠々と座って反芻をしているような大胆なカモシカもいる。この大胆なカモシカは、集落の近くや登山道など、人の出入りがある場所で生活し、普段から人間を見慣れている個体であることが多い。

おとなしくて優しそうなカモシカだが、野生で生きていくためにはおとなしいばかりでは生きられない。果敢にツキノワグマを追いかけるカモシカを観察したことがある。

ある晩秋のこと、1頭のツキノワグマが山の斜面を慌てて走って来た。血相を変えて灌木をなぎ倒さんばかりの勢いである。クマは僕のすぐ近くを横切り斜面を下って走り去った。

その直後、クマが最初に出てきた方向からバキッバキッと枝を踏む足音が聞こえてきた。振り向くと、今度はカモシカが軽やかに灌木を飛び越えながら走っている。所々で立ち止まり、クマの行き先を注意深く見ている。カモシカはクマとほとんど同じコースで走って来る。

カモシカは、僕のすぐ近くで立ち止まった。カモシカは僕のことなど目に入らない様子で、クマが走り去った方向を注視している。しばらくはそのままクマの動向を確かめているようだったが、やがて向きを変えゆっくりと元来た方向へと戻っていった。

クマがカモシカの幼獣を襲うことはあるかもしれないと思っていたが、カモシカがクマを追い払うとは考えたこともなかった。しかし、この状況から見て明らかにカモシカがクマを追い、クマが血相を変えて逃げていたと考えてほとんど間違いないだろう。このカモシカは雄であったから、子供を連れているわけではない。子供を守るためと言うよりは、なわばりの安全を保つためにクマを追い払ったのではないだろうか。

10年ほど前にもこれと似た場面を観察したことがある。その時カモシカが追い払った相手はキツネだった。雪の上を1頭のキツネが僕のいるところに近づいて来た。ほとんど人が来ることのない深い山の中だったので、キツネは人間を警戒していなかったのだろう。わずか数メートルのところまで来た時、キツネはようやく僕に気付き立ち止まった。

キツネは頭を上げてこちらを見て臭いをかいでいる。僕が微動だにせずにいると、キツネは何か怪しいが何だか分からないといった様子で戸惑っている。キツネはそれ以上近づくのをやめて、方向を変えて歩き出した。

キツネが対岸斜面を歩き始めた時、後方からカモシカが猛烈に突進してきた。頭を下げて角でキツネのお尻を突かんばかりの勢いだ。キツネも慌ててダッシュして危機一髪で逃げ切った。カモシカは深追いはしなかった。

普段はゆったりのんびりと生活しているカモシカだが、野生で生きるためにはこうした気性の荒い一面も必要なのだ。

Vol.51 ツキノワグマ:目覚め



細い枝先で新芽をむさぼる母子グマ。子グマを抱えるように樹の上で眠り目覚める。

新緑のまばゆさが少し色あせ、里では徐々に濃い緑へと変わりつつある。しかし、高い山はまだ春である。

樹々が少しづつ芽吹き始めて、黄緑色の新緑が点々と広がる頃、冬眠から目覚めたツキノワグマが新芽を食べに樹に登る。こんな姿がよく見られるのは、4〜5月ごろである。林床を歩くクマは、樹木の陰になってなかなか見つけにくいものだが、葉が繁っていない樹にクマがいると、以外に遠くからでも発見できるものだ。

4月中旬、山の中腹の樹上に黒い塊を見つけた。双眼鏡で確認すると、予想通りクマである。人間にはとても登れそうもない細い枝先で、芽吹き始めたばかりの葉をムシャムシャと食べている。クマが動くと枝は大きく揺れている。今にも枝が折れてしまいそうである。クマはそんなことなどまったく気にしていない。近くに2頭の子グマがやって来て一緒に新芽を食べている。人間なら樹にしがみついているのが精いっぱいで、そこで食事をするなどあり得ないことだ。

2年目と推測される子グマたちも、母グマに負けないくらい上手く樹上で行動できる。樹の揺れに逆らうことなく樹の動きと一体化している。母グマが食べることに集中しているのに対して、子グマたちは樹の上をうろうろと歩き回って、遊びたくて仕方がない様子である。食べることにはなかなか集中できないようなのだ。

数日後、母子グマがいたところから200mほど離れた枯木に、1頭のクマが登って眠っていた。横に伸びた2本の枝に体をあずけて眠り続けている。こんな不安定なところで落ちないのが不思議である。熟睡するとバランスを崩して落ちてしまいそうだ。クマは浅い眠りでバランスをとりながら寝ているのかもしれない。その証拠に、時々頭と前脚を少し動かしている。
しかし、なぜこんな危険なところで眠るのだろうか。地上付近には、ダニやヒルがいるのでそれを避けるためかもしれない。クマ自身は樹の上が危険で居心地が悪いというふうには、まったく思っていないのだろう。

2時間が経った頃、クマは目覚めて立ち上がった。するとそのクマの胸元から1頭の子グマが姿を現した。1頭と思っていたクマは、子グマを抱えるようにして寝ていたのだった。

母グマは、伸びとあくびをしたあと、子グマを先導するようにゆっくりと木を降り始めた。所々で何度も立ち止まって子グマに手を差し伸べるような仕草をしている。母グマは、子グマがかわいくて仕方がないようだ。頭を上にして、後脚で慎重に探りながら降りていく子グマの姿に、僕も思わず「かわいいなあー」とつぶやいている。母子グマは地上に降りて、林の中へと姿を消した。

クマたちの樹上での行動を見ていると、樹の上が非常に心地良さそうに思えてくるのだった。

Vol.50 クマタカ:幼鳥独り立ちの季節



幼鳥は翼を少し下げて飛行する。成鳥に比べて全身がかなり白い。

今冬は雪が少なく、かなり暖かかった。2月はもう春のような気候だった。

例年よりも早くいろんな花が咲き始めたが、こういう年は必ずといっていいほど「寒の戻り」がある。例に漏れず今冬も3月12日前後に寒波がやって来た。我家のまわりは今頃になってこの冬一番の積雪となった。咲き始めた花は60cmの雪の下に埋まってしまった。しかし、一時的な寒さはあるものの、季節の歩みは確実に平年よりも早く進んでいるようだ。

では、動物の世界はどうであろうか。厳冬期の1月には巣造りを開始するクマタカは、今年のような暖冬の年でも、何故か産卵はむしろ遅くなることが多いようなのだ。近畿地方では、早い年には3月上旬に産卵する。しかし、今年は3月の後半に産卵するペアが多くなるのではないだろうか。

親クマタカは、巣造りをして産卵の準備を始めていると言うのに、前年生まれの幼鳥はまだ親から獲物をもらっている。親クマタカを見つけるとピーヨピーヨと大きな声で激しく鳴いて獲物をねだる。こんなに騒がしい幼鳥にまとわりつかれては、獲物となる動物が逃げてしまい、親クマタカの狩りにも支障をきたすだろう。親クマタカは、上手く幼鳥を振り切って狩りに出かける。一人前に飛行しているように見える幼鳥だが、親の飛行と比べるとまだまだ技術不足である。幼鳥がもたもたしている間に、親クマタカはさっさと高度を上げて遠くへ出かけてしまう。幼鳥は遠くへ行くことに不安があるらしく、少し離れたところまで行くとまた戻ってくる。

3月になって幼鳥の姿を見かけることが少なくなってきた。少しずつ遠くまで出かけるようになって活動範囲が広がってきている。もうそろそろ親から離れて独り立ちしなければならない時期だ。雌親は産卵を控えて巣の周辺で過ごすことが多くなり、狩りに出かけるのはほとんど雄親だけになっている。雄は、獲物を雌へプレゼントするので、幼鳥に獲物がまわってくる機会は減っている。幼鳥は自分で獲物を捜しに出かけなくてはならなくなっているのだ。

幼鳥の姿をほとんど見かけなくなった3月の中頃、親クマタカがノウサギの残骸を運んで巣の近くのマツに止まった。両親ともに腹いっぱい食べたあと、残りを運んで来たのだ。トビやカラスが近くを飛ぶと、両翼で獲物を覆い隠して守っている。幼鳥のために運んで来たのか、それとも自分の腹が空くのを待っているのか…

4時間が経った頃、獲物の脇に立っている親クマタカが身構えた。幼鳥が勢いよく獲物めがけて飛び込んできた、と同時に親クマタカは身をかわすように飛び立った。姿を現すことはほとんど無くなっていた幼鳥だが、獲物を持っている親クマタカを目ざとく見つけて近づいて来たのだ。幼鳥にとって生きた獲物を捕獲するのは並大抵のことではないので、背に腹は代えられない思いで親クマタカから獲物を奪い取ったのだろう。

Vol.49 ツキノワグマ:人里への出没2006年



時々クーマと啼きながらギンナンを食べる母子グマ

昨年の秋は、全国各地でツキノワグマが人家付近に大出没した。有害獣として捕獲された数は4,500頭を超え、その9割が殺された。

大型獣であるツキノワグマは生息数が少ない上に、2〜3年に1回、2頭くらいの子供を産む程度のゆっくりとした繁殖である。1年という短期間に4,500頭近い大量捕殺は、クマの個体群に大打撃を与えてしまったのではないだろうか。

クマの生息地が分断され、生息数が減少しているために多くの地域で狩猟禁止や自粛が実施されているというのに、有害獣駆除による大量捕殺はほんとうにクマを絶滅させてしまう危険性がある。昨年の有害の捕殺数は、狩猟の捕獲数とは比べものにならないほど多い。

有害獣駆除はほとんどの場合檻を使う。クマの大好物で誘引して捕獲するこの方法は、被害を起こしているクマ起こしていないクマにかかわらず、まわりにいるすべてのクマを無差別に捕獲してしまう可能性が高い。このように好物によって誘い出すような無差別的な捕獲が大量捕殺へと繋がっている可能性も否定できない。有害獣駆除の際の檻の使用には、このような危険性があることを十分に認識して、長期間の檻設置を避け、被害を起こしているクマとそうでないクマの識別をして対処しなければいけない。そうでなければ有害獣駆除とは言えない。

また、一律に狩猟禁止にするのではなく、地域によっては個体数コントロールの役割を担う適正な狩猟を取り入れ、一時期に大量捕殺されるようなことがないように早急に対策が必要である。

クマが棲んでいるはずもない街の中にまでクマが現れて大騒ぎになっていた。しかし、山間部の集落では毎晩普通に目撃されている。

我家のまわりでも母子グマと単独のクマが出没していた。10月の中旬頃、人家の庭にある柿の木に登って柿を食べる。11月に入って柿を食べ終えると、今度は神社などにあるイチョウの木のまわりに現れ、ギンナンを食べ始めた。ここには毎夜母子グマと単独グマが現れた。母グマと単独グマは、お互いにけん制し合っているようだった。少し距離をあけてお互いに緊張している。時折林の向こうで追いかけ合っているガサガサという音が聞こえてくることもあった。

イチョウの木の下には、ギンナンを集めやすいようにブルーシートが敷き詰められている。クマたちは、木に登ってギンナンを食べたりこのブルーシートの上に落ちているのを拾ったりしている。母子グマはどちらからともなく啼き合っている。クマの語源がその啼き声からだとする説があるが、まさしくクーマ、クーマと啼いている。

イチョウの木の下に残された糞には、ギンナンがほぼそのまま出てきているのが多くあった。この糞を見ていると何のためにギンナンを食べているのかと首をかしげたくなってしまう。

人とクマが共存していくためには、ある程度の距離が必要である。人とクマは同じ場所で手と手を取り合って暮らすことは出来ない。農作物被害や人身被害が日常的に起こり、有害獣として駆除されてしまうだろう。

そのためにもクマとは少し距離を置き、我々人間は強くて恐ろしいものだということをクマに示しておかなければならないだろう。そして、集落の外や奥山には、クマがある程度自由に暮らせる食物豊かな落葉広葉樹の林を残していく必要がある。

Vol.48 アフリカ撮影記 Ver.13



後頭部の飾り羽がたくさんの羽ペンを刺しているように見える

湾曲した鉤状のくちばしを持つ顔は猛禽類であり、長い脚や全身の風貌はコウノトリのようなセクレタリーバード(Secretarybird)。

頭部の飾り羽を広げると、頭にたくさんの羽ペンを立てている昔の秘書(セクレタリー)のようなところから、この名前がついたようだ。脚が長いので背筋をピシッと伸ばして歩いているように見える。ヘビやトカゲ・小型の哺乳類などを見つけると、長い脚で叩くように踏みつけて捕食する。日本名はヘビクイワシ。ヘビを捕食する他のワシやタカは脚で握ってヘビを捕獲するが、セクレタリーバードは叩いて押しつぶすようにして捕らえる。英名同様に日本名もまたこの鳥の特徴をよく表しているが、背筋を伸ばして颯爽としている姿や羽ペンのような飾り羽を見ると、僕はセクレタリーバードという名前のほうがふさわしいと思う。

草原を歩いている姿を目撃することが多いが、上昇気流を捉えて帆翔しているのを時々見ることもある。飛んでいる姿はコウノトリの仲間にそっくりで、慣れないと識別は非常に難しい。飛んでいる姿を何度か見ているうちに、遠くからでも識別が出来るようになってきた。コウノトリの仲間であるマラブーストークが遠くを飛んでいると、僕は双眼鏡をとり出してセクレタリーバードではないかじっくりと観察するのだが、現地のガイドは肉眼で見てすぐにマラブーストークだと見分けてしまう。2km以上も離れたところを飛行しているというのに、何を識別のポイントにしているのだろう。あまりの視力の良さと識別能力の高さに最初はびっくりさせられたが、どうも確実な識別だけで言ってるのではないことが分かってきた。ガイドはマラブーやセクレタリーがよく見られる場所を知っていて、ここならばマラブーだという風に見分けていることもあるのだ。ガイドがマラブーだと言うのを僕が双眼鏡で見てセクレタリーだと主張すると、ガイドも双眼鏡で見て納得するということが時々あった。こんなに遠くのマラブーとセクレタリーを肉眼で確実に識別することは僕には出来そうにもなかったので、ガイドも間違えることがあって僕は何となくほっとしたのだった。時には間違えることがあったとしても、ナショナルパークでガイドをしている人たちの視力と識別能力の高さにはいつも感心させられる。この能力は天性のものなのだろう。ここでは、ガイドだけでなく多くの人がすばやく動物を見つけ出す力を持っている。日本人はこうした能力を失いつつあるのではないかと思えてくる。僕の場合は、すばやく動物を発見できなければ撮影チャンスを逃してしまうので、常に鍛えておかなければ…

コウノトリによく似ているセクレタリーバードであるが、ある時大空を帆翔中に突然翼をすぼめて急降下を始めた。急降下の後、翼を広げて急上昇。これを何度も繰り返す。まさにワシタカ特有の波状飛行だ。自分のテリトリーに侵入する他の個体に対してのなわばり宣言である。容姿こそコウノトリに似ているが、やはりワシタカの仲間であると再認識させられる行動であった。

Vol.47 アフリカ撮影記 Ver.12

乾いた風と乾いた大地のマトボN.P

2年ぶりにジンバブエにやって来た。空から見るアフリカの大地は相変わらず赤茶色に乾いている。

9月はまだ乾季が続いている。雨はほとんど降ることは無い。日本では雨だ台風だといっているが、ここではそんな心配はまったくしなくても良い。

日本とは季節が逆だから、今は冬から春へと移行するところだ。日毎に暑さが増している。朝は結構冷えるのでジャケットを羽織ってちょうどいいが、日中の気温は30度を超えている。こうなると午後にはモパニビーというブヨのような虫が顔や頭のまわりに何十匹と集まって飛び回る。

髪の毛の中に入り込んだり目のまわりに止まったりして、この虫が飛び回っているだけでイライラとしてどうしようもなくなってくる。虫除けの網を頭から首まですっぽり被ってみるとなかなか快適である。モパニビーは相変わらずまわりを飛び回っているが、網の中に入ってくることはない。

モパニビーから開放されたものの、網目のせいで視界がぼやけて少し見えにくい。動物を探しているというのに、これは重大な問題だ。モパニビーに気を取られて観察がおろそかになるか網でぼやけて見落とすか、どちらにしてもいい状況ではない。

結局のところ、暑い日中は動物たちの活動も少なくなっているし、僕自身も日の出前の暗い時間帯から活動しているので、午後は夕方少し涼しくなるまで休憩することにした。キャンプに戻り、この間に洗濯をする。もちろん手洗いである。いつもは夜にシャワーを浴びながら洗濯をしておくと翌日には乾いている。洗濯さえ怠らなければ、着替えは2セットあれば事足りる。

撮影機材と着替えなどを合わせるとかなりの重量になる。飛行機への持ち込み重量に制限があるので荷物は極力削ぎ落とさなければならない。機材も必要最小限にしているが、撮影できなくなっては元も子もない。切り詰めるものは衣服などの私物である。

預け荷物は43kg。残りは手荷物として持ち込む。預け荷物は通常より20kg超過できる許可をとっている。ビデオカメラ本体は手荷物として機内へ持ち込むので出来るだけコンパクトにまとめる。手荷物は全部で約17kg。

普段日本での撮影の時に40kg近い荷物を背負っていることを考えると、1ヶ月の海外取材にしては非常に少ない荷物である。
衣服は2〜3セットと寝巻きのジャージと防寒用に軽めのダウンジャケットだけである。下着以外は毎日洗うわけではないので、ズボンや上着は乾いた風に巻き上げられた細かい砂ぼこりに毎日さらされている。洗うと水が泥のように濁る。

この砂ぼこりがカメラの内部に入ると大変なことになる。細かい砂はサンドペーパーのようになって、下手に拭き取ると細かな傷がたくさん付くのだ。カメラ内部の録画ヘッドに付着して傷が付くとまともに録画できなくなってしまう。

乾燥しているため自動車や風によって巻き上げられた砂ぼこりは常にあたりに浮遊している。テープの交換時にはカセットホルダーのまわりの砂を慎重に吹き飛ばしておくことを忘れてはいけない。

これはアフリカでの撮影の基本である。

Vol.46 キセキレイ

獲物をくわえて雛のいる巣へ運ぶ

細身の体に長い尾、黄色い腹のキセキレイは、美しくて気品がある。

渓流沿いを飛び回ったり忙しく走り回ったりしながら小さな虫などを捕らえて食べる。俊敏な動きで飛んでいるカゲロウをフライングキャッチする様は見事である。

車で林道を走っていると、小さな虫を何匹もくわえて林道上を歩いているキセキレイをよく見かける。巣で待つ雛に食物を運んでいるのだ。巣は石垣や岩のすき間の奥まったところに造る。4月のある日、僕の住む集落内にある道路で、餌をくわえたキセキレイが行き来しているのを見つけた。車を少しバックさせて観察していると、キセキレイは道脇の石垣に飛び移り、石と石のすき間へ入っていった。

キセキレイが飛び去った後、そのすき間をのぞき込むと枯れ草で造られた小さな巣に雛がぎゅうぎゅう詰めに入っているのが見える。人間の接近を警戒して雛たちは低い姿勢のまま動かない。ここに巣があると分かっていなければ、僕がこのすき間をのぞき込んだとしても間違いなく巣を見落としてしまうだろう。巣と雛は完璧に石垣に同化している。

ここを通るたびに車から巣をのぞき込むと、雛が順調に育っているのが見える。3日ほど経って石垣の草が茶色く枯れた。除草剤が撒かれのだ。田舎では春から夏にかけていろんな農薬が散布される。農薬は、草を枯らしたり虫を殺したりして、それらを食べる鳥や動物の体内に取り込まれる。農薬に含まれる環境ホルモンは、動物に悪影響を及ぼすと考えられている。これは食物連鎖のつながりで人間にも影響してくるものなのである。

薬剤で雛がやられていないか心配だ。石垣をのぞき込むと、雛は無事であった。巣は少し奥まったところにあるので除草剤の直撃を免れたのだろう。周囲の草が無くなったことで巣はよく見えるようになった。

数日後、雛が忽然といなくなった。巣立つにはまだ早すぎる。カラスかネコに見つかって食べられてしまった可能性が高い。巣がよく見えるようになったのが災いしてしまったのかもしれない。ここから直線距離で300mほど離れた自動車整備工場では、車のエンジン部に巣を作ったセグロセキレイがいた。この車は卵のある巣を載せたまま70km離れた陸運局まで何度か往復していたにもかかわらず雛は孵化した。雛はしばらくの間順調に育っていたが、カラスに襲われてしまった。

鳥たちの子育てはこうした捕食者によって失敗させられることが多い。枯木の穴の中で子育てをしていたゴジュウカラがカケスに襲われたのを見た。捕食者であるカケスも何者かに襲われて雛がいなくなったことがある。食物連鎖の頂点に立つ猛禽類でさえもクマやヘビに雛が食べらることもある。

僕がよく行き来する林道のいつも同じところで石垣に営巣したのとは別のキセキレイによく出会う。近くに巣があるのだろうが毎回通過するだけで巣を探したことはない。7月の中ごろ、いつものようにこの林道を走っていると、車の前に尾羽が伸び切っていない巣立ち間もないキセキレイの幼鳥が現れた。ここでは無事に雛が育っていた。繁殖成功する確率が高くはない鳥たちだが、こうして運良く生き延びるものがいるから種が存続しているのである。

Vol.45 カワウ:生息数と魚の関係

コロニーから一斉に飛び立つカワウ

琵琶湖に浮かぶ竹生島。カワウの活動は夜明けを待ちかねていたかのように始まる。

星の瞬く夜空が少しずつ白み始めると、カワウはねぐらから採食地を目指して次々と飛び立っていく。第一陣は空を透かしてかろうじてその姿が確認できる程度の明るさになると出発する。

最初は1羽2羽と少数が飛び出していくだけであるが、明るくなるにつれてその数は一気に増えていく。最初の個体が出て行ってから30分とたたないうちに、10分間に6,000羽を超える大集団となって一斉に飛び立っていく。ピークは20〜30分間ほどで終わり、急激にその数は減少する。

出て行くカワウの減少とは反対に、今度は帰ってくるカワウが徐々に増えてくる。朝一番に向かった採食地で魚を捕らえて「そのう」にため込み、巣で待つヒナに運んでくるのだ。出動のピークから1時間ほどで帰りのピークがやって来る。魚を十分に捕ることができた個体から順次帰ってくるので、出動の時のような大集団とはならず、数十〜百羽程度の小群である。それでもピーク時には10分間で2,000羽を超える。

カワウは口から溢れんばかりに魚を詰め込んで帰ってくる。中には魚の尻尾が口からはみ出しているものもいる。これらの魚を吐き戻してヒナに与えるのである。

琵琶湖に棲む3万羽以上ものカワウが捕らえる魚は莫大な数に違いない。しかしながら、カワウはすべての魚を捕り尽くしてしまうわけではない。魚全体の数からすると、カワウが食べる割合は意外に小さい。カワウの捕食量が稚魚の誕生を上回って一方的に多くなると魚は減っていくことになる。食物が減るとカワウの生息状況に大きな影響を及ぼし、やがてカワウも減少することになる。今のところそのような大きな減少がカワウに見られていない。

カワウが食べる魚の数は、魚全体からするとわずかであるとは言え、養魚池化しつつある琵琶湖やその周辺の川で魚を捕るのであるから、漁業被害の問題は避けて通れない。人間が魚を放流すればするほど、カワウの食物も増えることになる。カワウが増加し漁業被害もさらに増える。

カワウによる漁業被害をゼロにすることはカワウを全滅させることになってしまう。カワウもこの地球の自然環境を構成している生物の中の一種なのである。仮にカワウがいなくなったとしても、漁業被害がなくなるわけではないのだ。外来魚であるブラックバスは天敵のカワウがいなくなると増加して、アユなどの魚をさらにたくさん食べることになる可能性がある。魚を食べる生物は他にもたくさんいる。これらの生物がカワウの分まで魚を食べて増えるかもしれない。いろんなものが相互に関連しあって自然界は成り立っている。これは我々人間の想像力をはるかに越えている。

川や湖という自然の恵みを利用した漁業では、我々は謙虚に「野生動物による被害をどこまで認めるか」について考えた上で被害防除に取り組まなければならないのかもしれない。