Vol.42 ヤマドリ

長い尾羽を持つ雄ヤマドリ

ヤマドリの雄は、全身が赤茶色で非常に長い尾羽を持っている。一方、雌は淡い茶色で尾羽は短い。落ち葉が積もる林床では、雌雄ともに目立たない保護色になっている。

彼らもそのことを十分に認識していて、人が近づいてきても保護色を信じて動かずにやり過ごそうとする。身の危険を感じるほどまでに人が近づくと、ヤマドリは一気に地上を蹴って大きな羽音とともに飛び立って逃げていく。山の中を歩いていると、突然目の前から激しい羽音を立てて逃げていくヤマドリに出くわすことがある。予期しない出会いに、こちらが飛び上がるほど驚かされることが多い。

ヤマドリは、ドラミングと呼ばれる羽音を立てることがある。地上に立ったまま背伸びをするように伸び上がり、翼を羽ばたかせてドドドドッとドラムをたたくような音を出す。ヤマドリの姿を見る機会は少ないが、林の奥からこのドラミングが聞こえてくると、ヤマドリが近くにいることがわかるのだ。山登りをする人なら、このドラミングを聞いたことがあるのではないだろうか。

沢沿いの山の斜面から、聞きなれないピュイ・ピョー・ピーといった声を複雑に組み合わせた美しい鳴声が聞こえてきたことがある。ニホンザルの群れのコミュニケーションのような声にも聞こえる。耳を澄まして声のする方向をたどると、鳴いているヤマドリの姿を発見した。小鳥たちもにぎやかにさえずる早春のことであったので、ヤマドリも繁殖を控えてさえずっていたのだろう。ヤマドリがこのような声を出すことは図鑑にも書かれていないし、聞いたことのある人も少ないと思う。

ヤマドリは、イヌワシやクマタカなどの大型猛禽類に獲物として狙われている。しかし、イヌワシがヤマドリに襲いかかる場面を何度も目撃したが、狩りに成功したのを見たことがない。ノウサギのように地上にいる哺乳類を捕獲する場面は時々目撃できることから、ヤマドリは逃げ足が速く捕獲が困難であることがわかる。それでもイヌワシは、雛のいる巣へヤマドリを度々運んでくる。

ヤマドリは林の中や林縁部の地上で採食しながら過ごしていることが多い。イヌワシは、1km以上も離れた場所から鋭い視力でヤマドリを見つけ出し、一直線にスピードを上げながら襲ってくる。脚を突き出し、ヤマドリにつかみ掛かった瞬間、一瞬早くイヌワシの脚元からヤマドリが飛び出してくる。イヌワシはペアで狩りをすることが多い。間一髪で逃げ出したヤマドリに対して、もう1羽のイヌワシがすかさず急降下攻撃する。ヤマドリも負けてはいない。持ち前の瞬発力でこれをかわして、弾丸のように沢を下っていく。ヤマドリの後方数メートルにイヌワシがピタリとついて飛行する。どちらも互角のスピードだ。ヤマドリが小さな尾根を回り込んで林の中に消えると、イヌワシは、ヤマドリを見失ってしまった。ヤマドリが何とか逃げ切ったのだ。

喰うもの食われるもの、どちらも生死をかけた戦いなのだ。ヤマドリは逃げ出す準備が早すぎると、その行動をイヌワシに読まれてしまう。間一髪ですり抜けることが最良の逃げ方だとヤマドリは知っている。