切り株の中でハクビシンが子育て

伊吹山のイヌワシが今年使用した巣はオーバーハングがなく、雨や雪が直接降りかかり落石までもが巣を直撃した。条件の良い巣を使用できるようにしたいと、かつて使用した巣や周辺の状況を確認するために山に登った。シカの食害で急傾斜の沢は頼れる植物がなくて渡るのに苦労する。そんな沢筋で持っていた杖代わりの棒を落としてしまった。杖は10mほど滑り落ちて止まった。
特に高価なものではなく、まっすぐな木の枝を見つけて使っていただけだが、長年使っていると愛着が湧いてくる。春にはタラの芽をこの杖で引き寄せて採集し秋にはアケビを引き寄せた。この杖を持っているとクマとも戦えそうな気がしている。なんとか回収しようと試みるが、もう少しのところで手が届かない。そのうちに足元から転げ落ちた石が杖に当たって、杖はさらに滑り落ちた。これで杖のことは諦めるしかない。
さらに前に進むために、この沢を渡るルートを探して上へ下へと歩いているうちに杖の近くへと出た。灌木の枝を頼りに杖まで手が届いた。この杖とは縁があるらしい。そしてこの沢を渡れるルートがそこにあった。

かつて使用していた巣は低木がまわりを覆って、イヌワシが出入りできる状態ではない。巣からも細い木が何本も伸びている。ここを整備してイヌワシが出入りできるようにするのは大変な作業になりそうだ。
今日のところは下見だけで、後日また別の巣も何ヶ所か見て回らなければならない。天気がいいので帰りは違うルートでのんびりと山歩きして戻ることにした。
林の中の地上にアナグマかキツネが掘った巣穴が所々にあった。今は使っていないものや、中の土を掘り出して今巣穴の中にいるのではと思えるようなものなどいくつもの巣穴を見掛けた。どの巣穴もまわりに出入り口が見当たらず、出入り口は1ヶ所だけのようだった。この辺りは岩場が多いので穴を掘りにくいのかもしれない。

山を下り谷底近くまで来た時、苔むした割と大きな1つの切り株に目が止まった。上の部分に穴があいて中が空洞になっているようだ。雨が降ったら吹き込むし出口も上にしかない穴の中にまさか動物が入っていたりしないよなと思いながら覗き込むと、すぐ目の前にハクビシンの不安そうな顔があった。
今度は携帯のカメラでそっと中を覗く。こちらに目と耳を向けて警戒する母親のそばに子供がいる。母親のハクビシンは逃げるに逃げられない状況だったのだ。
子供は何頭いるのだろう、この後どんな行動をするのかなど知りたいことは多いのだが、不安そうな表情とこちらへ目と耳を向けて警戒する姿に、もうこれ以上覗き見ることはしたくない。撮影するなら出直して、少し離れたところからこちらを警戒していない姿を撮りたいなと考えながら下山した。



丘の上のアナグマハウス 4月21〜30日

巣穴のまわりにはいろんな動物がやって来る。今回新たにハクビシンとニホンリスが出現した。巣穴を利用するタヌキやアナグマは、巣穴に興味津々で、覗き込んだり少しずつ奥へと入ってみたりしながら、におい付けをして去って行った。
巣穴は、カマドウマが集団でねぐらにしている。夕方暗くなると穴から出て、四方八方へと分散して行く。明け方には巣穴へと戻って来る。これが毎日繰り返されている。
普通にビデオを再生している時には、カマドウマに気づかなかったのだが、50倍速くらいで早回しすると、続々と巣穴から出て来たり帰って行くのが見えてくる。
カマドウマを狙って、コウモリが毎日のようにやって来る。カマドウマを捕食しているのはコウモリだけでなく、タヌキも食べていた。
タヌキは4月18日にも現れた、1頭が左後脚を怪我している夫婦だ。恐る恐るではあるが、体全体が隠れるまで巣穴に入って様子を見ていた。


Vol.41 ハクビシン:外来種の分布拡大

午前3時22分、自動撮影カメラの前を通過するハクビシン。

「ハクビシン」。聞き慣れない名前の哺乳類である。漢字で書くと「白鼻心」。

名前のとおり額から鼻筋にかけて、よく目立つ白い線があるのが特徴である。赤外線センサーを利用した自動撮影カメラには、夜間にだけその姿が撮影される。ハクビシンは、ほぼ完全な夜行性であると思われる。

夜間に強力ライトで照らしながら野生動物を探して歩いていると、樹上にハクビシンの姿を見つけることがある。長い尾と、しなやかな体で上手くバランスをとりながらすいすいと登っていく。低木に登っているところに出くわして、ハクビシンが逃げ場を失ってじっと樹上で固まってしまったことがあった。僕の頭上2mほどのところで、どうする術も無く丸くなってこちらを見下ろしている。しばらく観察するが動く様子もない。結局、僕のほうが退散することにした。

夜間、野生動物の姿を見るのは難しいが、ライトで照らすと2つの眼が光を反射して遠くからでも動物がいることがわかる。姿や形は見えないが、とにかく光を反射した眼だけが動き回っている。ライトに照らされたハクビシンの眼は、青白く輝いている。一方、遠目には姿形がハクビシンと似ているタヌキの眼は、オレンジ色を帯びて輝いて見える。

眼の動きを追いながら夜の動物観察を続けるうちに、ライトに反射する眼の色、行動の仕方(眼の動き)、地上からの眼の高さなどによって、キツネやタヌキやアナグマなどとハクビシンを見分けることができるようになった。そう言えば、アフリカのパークレンジャーもライトに反射する眼の光だけで遠くにいる動物の種類を素早く見分ける。彼らも長年の経験で、眼からいろんな情報を読み取っているに違いない。彼らの観察眼と動物的な直感のすごさにはいつも感心させられる。

ハクビシンは、東南アジア・中国・台湾に分布していて、もともと日本に生息していた動物ではない。毛皮用などの目的で人為的に持ち込まれた外来種である。その後、逃げ出したり捨てられたりしたものが急速に分布を拡大させて個体数を増やしている。滋賀県内に設置した自動撮影カメラには、ハクビシンがたびたび記録される。ネズミ類を除けば、タヌキ、アナグマに続いて3番目に多く、親子連れも撮影されていることから、日本の環境に適応して定着しつつあることがうかがえる。車にはねられたハクビシンの死体を道路上で見かけることも多くなった。

外来種が定着すると、様々な問題が起こる。中でも在来種に与えるインパクトは深刻だ。日本に生息している在来種と持ち込まれた外来種の間で競合が起こり、在来種の生息状況を大きく変えてしまう怖れがある。場合によっては、在来種を絶滅へと追いやってしまう可能性もある。ハクビシンは木登りが上手く、鳥の卵や雛なども食べるので、小鳥にとって脅威となる。また、果実を好んで食べることから農業被害も起こっている。外来種の進出によって、今後新たな問題が次々と浮かび上がってくるだろう。