Vol.46 キセキレイ

獲物をくわえて雛のいる巣へ運ぶ

細身の体に長い尾、黄色い腹のキセキレイは、美しくて気品がある。

渓流沿いを飛び回ったり忙しく走り回ったりしながら小さな虫などを捕らえて食べる。俊敏な動きで飛んでいるカゲロウをフライングキャッチする様は見事である。

車で林道を走っていると、小さな虫を何匹もくわえて林道上を歩いているキセキレイをよく見かける。巣で待つ雛に食物を運んでいるのだ。巣は石垣や岩のすき間の奥まったところに造る。4月のある日、僕の住む集落内にある道路で、餌をくわえたキセキレイが行き来しているのを見つけた。車を少しバックさせて観察していると、キセキレイは道脇の石垣に飛び移り、石と石のすき間へ入っていった。

キセキレイが飛び去った後、そのすき間をのぞき込むと枯れ草で造られた小さな巣に雛がぎゅうぎゅう詰めに入っているのが見える。人間の接近を警戒して雛たちは低い姿勢のまま動かない。ここに巣があると分かっていなければ、僕がこのすき間をのぞき込んだとしても間違いなく巣を見落としてしまうだろう。巣と雛は完璧に石垣に同化している。

ここを通るたびに車から巣をのぞき込むと、雛が順調に育っているのが見える。3日ほど経って石垣の草が茶色く枯れた。除草剤が撒かれのだ。田舎では春から夏にかけていろんな農薬が散布される。農薬は、草を枯らしたり虫を殺したりして、それらを食べる鳥や動物の体内に取り込まれる。農薬に含まれる環境ホルモンは、動物に悪影響を及ぼすと考えられている。これは食物連鎖のつながりで人間にも影響してくるものなのである。

薬剤で雛がやられていないか心配だ。石垣をのぞき込むと、雛は無事であった。巣は少し奥まったところにあるので除草剤の直撃を免れたのだろう。周囲の草が無くなったことで巣はよく見えるようになった。

数日後、雛が忽然といなくなった。巣立つにはまだ早すぎる。カラスかネコに見つかって食べられてしまった可能性が高い。巣がよく見えるようになったのが災いしてしまったのかもしれない。ここから直線距離で300mほど離れた自動車整備工場では、車のエンジン部に巣を作ったセグロセキレイがいた。この車は卵のある巣を載せたまま70km離れた陸運局まで何度か往復していたにもかかわらず雛は孵化した。雛はしばらくの間順調に育っていたが、カラスに襲われてしまった。

鳥たちの子育てはこうした捕食者によって失敗させられることが多い。枯木の穴の中で子育てをしていたゴジュウカラがカケスに襲われたのを見た。捕食者であるカケスも何者かに襲われて雛がいなくなったことがある。食物連鎖の頂点に立つ猛禽類でさえもクマやヘビに雛が食べらることもある。

僕がよく行き来する林道のいつも同じところで石垣に営巣したのとは別のキセキレイによく出会う。近くに巣があるのだろうが毎回通過するだけで巣を探したことはない。7月の中ごろ、いつものようにこの林道を走っていると、車の前に尾羽が伸び切っていない巣立ち間もないキセキレイの幼鳥が現れた。ここでは無事に雛が育っていた。繁殖成功する確率が高くはない鳥たちだが、こうして運良く生き延びるものがいるから種が存続しているのである。