Vol.12 イヌワシ:人口巣の設置(その3)

白斑が青空に映える若ワシ

晩秋から初冬、イヌワシの巣造りが次第に本格的になってきた。果たして、秋に造った人工巣を使用してくれるだろうか。

僕の心配をよそに、イヌワシはせっせと人工巣に巣材を積み上げていた。雄と雌が交互に巣材を巣へ搬入している。人工巣は、僕たちが造った時よりひとまわり大きくなって居心地が良さそうだ。イヌワシは、この人工巣を気に入ってくれたのだ。

オーバーハングした岩の下は、雪が積もらず快適そうだ。ツキノワグマの通路を封鎖しているので、繁殖を妨害するものはなくなった。今年の繁殖が楽しみだ。

2月には抱卵している姿を確認した。雄と雌が抱卵を交代する行動も観察できた。繁殖は順調に進んでいる。抱卵の大半は雌が行う。雌が食事や休息の時には、雄が抱卵を交代する。

雄が捕えて巣の近くまで運んできたノウサギやヤマドリなどが雌の食物となる。抱卵期間中の雄の獲物の供給量が、繁殖の成否に大きく関係している。雌は飲まず食わずで雄が獲物を持ち帰るのを待っている。雄が獲物を捕えることができなければ、雌は空腹に耐えかねて抱卵を続けることができなくなってしまう。3日以上も食物にありつけないことはたびたび起こっている。長期間獲物が無い状態が続くと、抱卵中あるいは育雛中の雌は明らかにイライラしているのが見て取れる。巣を離れる回数や時間が多くなる。さらに獲物が捕獲できない状態が続けば、繁殖を中断してしまうだろう。

抱卵中の雌に与える分の獲物が確保できない貧弱な自然環境であるならば、ヒナが孵化しても育てることなどとてもできないだろう。イヌワシたちはそのことを十分に心得ていて、ダメと分かれば無理をすることなく繁殖中断するのではないだろうか。無理をしすぎて体力を失い、今後の繁殖に影響するようならば、かえってマイナスになってしまう。早めに決断して、来年以降の繁殖にかけたほうが長い目で見ると得策だろう。

3月下旬、人工巣で抱卵を続けていたペアは、2羽が同時に巣から離れて飛び回っている。残念ながら今年は繁殖に失敗したようだ。イヌワシの繁殖成功率は近年異常に低くなっている。このペアも例に漏れず、10年以上は繁殖に成功していない。

ペアは翌年もこの人工巣に産卵したが卵は孵化せず、繁殖に失敗した。その後も毎年のように人工巣に産卵したがヒナは孵化しなかった。

人工巣に産卵を続けて6年目、ようやくヒナが誕生した。待ちに待ったヒナの誕生である。何としても元気に巣立ってほしい。はらはらしながら観察を続けた。ツキノワグマが巣に登ってくることもなく、ヒナは順調に育っている。このままいくと5月の下旬には巣立ちを迎えるだろう。

6月に入って巣から離れたところを元気に飛行する若ワシの姿を確認することができた。若ワシが翼と尾羽の白斑を輝かせて飛翔する姿は、何回見ても美しい。一見、悠々と飛行する若ワシだが、まだまだ経験不足である。木の枝に止まり損ねて林の中へ落ちる滑稽な姿を見せるのもこの時期である。

人工巣はがっちりとまだまだ頑丈で、ツキノワグマの侵入を食い止め、オーバーハングが雨や雪からヒナを守っている。

今後もこの巣から若ワシが巣立ち、僕を感動させ続けてくれることを願っている。