Vol.13 イヌワシ:生息環境の変化

獲物を探して地上近くを飛行する

イヌワシは、1ペアが約100平方キロメートルの行動圏を持っている。

僕が住んでいる伊吹町の面積が109.17平方キロメートルで、ちょうど町内のほぼ全域を行動圏にもつイヌワシが1ペア生息している。イヌワシが1ペアしか住めないところに人間は6000人余りが暮らしている。なんとイヌワシの3000倍以上の密度である。イヌワシは、非常に生息数が少ない動物なのだ。イヌワシの生息数は、日本全国でも数百ペアと推測されている。

イヌワシの生息密度を決定づけている最も重要な要素は、食料となる獲物の生息密度であろう。ノウサギやテン、ヤマドリ、夏期にはヘビなど、生きた動物が主な獲物となる。これらの中型の野生動物がたくさん生息することで、獲物を見つける頻度が増え、狩りをするチャンスが増える。獲物が多ければ広い行動圏を持たなくても十分に生活していけるのだ。

ノウサギやヤマドリの生息数はこの20〜30年非常に少なくなっていると感じられる。僕が山の中を歩き回っても、ノウサギに出くわすことは年に数回程度しかない。お年寄りに聞くと、昔はノウサギは山だけでなく、集落や田畑にまでたくさんいたらしい。近年では集落周辺に足跡や糞はほとんどなく、山でさえも多くは見かけない。東北地方の白神山地の林道を車で走ったことがあるが、1時間に20頭ほどのノウサギが車の前に飛びだしてきた。その頃イヌワシの繁殖成功率が高かった(現在では繁殖成功率は低下している)東北地方では、ノウサギはまだたくさんいたようである。西日本では林道を走ってもノウサギの姿を見ることは珍しい。また、野外でイヌワシを観察していると、獲物を見つけることがいかに大変なことであるかがわかる。

イヌワシは、斜面を吹き上げる風を利用してホバーリング(空中停止飛行)で地上の獲物を探したり、地上スレスレに降下して繁みに隠れている獲物を追いだす行動をしたりと、必死にハンティング行動をくり返す。

1日中目まぐるしくハンティング行動をくり返しても獲物にありつけない。あくる日も朝から盛んにハンティング行動をくり返す。涙ぐましい努力にもかかわらず、ノウサギ1匹出てこないのだ。獲物となる動物が減っている。 抱卵中の雌には雄が獲物を捕えて運んでくる。しかし、雄が獲物を捕獲できないために、雌が空腹に耐えかねて抱卵を中止する繁殖失敗例が何度かあった。生まれたヒナが餓死する例も見受けられる。

獲物の減少はイヌワシにとって致命的だ。さらに追い討ちをかけるのが狩り場の減少だ。近年はイヌワシの棲む奥山にまで開発が押し寄せている。手入れされないスギやヒノキの植林地は薮となって、体の大きいイヌワシは狩りのために飛び込むことができない。炭焼きやたきぎ取りで管理されていた二次林も近年は放置され、人間が歩くのも困難なほど薮化している。

イヌワシは、「獲物の減少」と「狩り場の減少」という二重の困難に直面している。このままではイヌワシに未来はない。
放置された二次林や植林地にもう一度人間が手を入れ管理することで、野生動物と人間が共に利用できる森を復活できないだろうか。僕が現在いちばんやりたい(やるべき)ことである。