Vol.20 クマタカ:幼鳥の一日

獲物の出現と親の帰りを待つ幼鳥

クマタカのヒナが巣立ちするのは、近畿地方では7月の中旬頃である。巣立ちを境にヒナから幼鳥へと呼び名が変わるが、まだまだ一人で生活できるわけではない。

生きた獲物を捕まえることができるようになるには相当な訓練期間が必要だ。狩りに挑戦するが、成功することはほとんどない。近くに現れる小鳥に首を伸ばして狙いを定め、襲いかかっては失敗を繰り返している。動きの素早い小鳥は幼鳥の手には負えない。獲物を捕獲できるようになるのは半年ほど先のことであろう。それまでは親が運んでくる獲物を頼りに生活している。

幼鳥は日増しに飛翔力をつけて付近を飛び回るようになるが、遠くまで出かけて行くことはしない。遠くに離れてしまっては、親クマタカが獲物を運んできても幼鳥を見つけられない。クマタカは森林内で狩りをしたり休息したりしているので、親クマタカと幼鳥がお互いを探し出すためには、ある程度限られた範囲で幼鳥が行動している必要がある。

獲物を運んで来た親クマタカは、まず巣の近くで幼鳥の姿を探す。巣立ち直後は、親クマタカはダイレクトに空の巣へ獲物を運ぶ。この時期幼鳥は巣から数10 mしか離れずに生活しているので、親クマタカが獲物を持ち帰ったのを見つけて慌てて巣へと戻ってくる。

2、3ヶ月経って幼鳥が数100 mの範囲を行動するようになると、親クマタカは巣の周辺が見渡せる場所に止まって、フィーと細く高い声で鳴きながら幼鳥に獲物を持ち帰ったことを知らせる。林の中にいる幼鳥がこの声を聞きつけ、ピィーヨ・ピィーヨと鳴きながら飛び出してきてお互いが接近し、林の中に入って獲物の受け渡しが行われる。幼鳥がいつもの場所から離れている時などは、親クマタカと幼鳥がお互いを見つけるまでに相当な時間がかかることもある。

巣立ち後3ヶ月が過ぎた秋、親クマタカは獲物を持ったまま幼鳥を呼び続けるが反応がない。転々と止まり場所を変えて呼び続けても同じである。そのうち親クマタカがしびれを切らし、持っている獲物を少しずつ食べ始めた。幼鳥が受け取るはずであった獲物がだんだんと小さくなっていく。幼鳥はその日の食事にありつくことはできなかった。親クマタカが食べ終えて、飛び去るのを見てようやく幼鳥が姿を現した。ピィーヨ・ピィーヨと鳴き叫んでみても、もうあとの祭りである。

幼鳥の一日は、自分で獲物が捕獲できるように狩りの訓練をすることと、親クマタカが獲物を持ち帰るのを見逃さないようにすること、この2つが主な仕事である。まだ自分で十分な獲物を捕れない幼鳥にとっては、どちらも非常に大切なことである。

巣立ちから半年が経つ頃には、親クマタカは次の繁殖に入るために幼鳥を追い出すようになる。狩りの仕方を十分に得とくできたかどうかがこれからの幼鳥の生死にかかわってくる。まだ頼りない狩りの様子の幼鳥が親のもとから旅立っていく。