Vol.5 営巣地探しの極意?

遠くの稜線に音もなく現れる

誰も知らないイヌワシの新しい営巣地を探すのは楽しい。地形図を広げ、地形から環境を想像する。ここならばイヌワシが生息しているだろうと目星を付けると、もう居ても立ってもいられない。稜線を飛行するイヌワシの姿が目に浮かぶ。

現地に出かけて想像通りの環境に遭遇した時には心が踊る。今にも山の端からイヌワシが姿を現しそうで、稜線から目を離す時間も惜しくなる。

しかし、想像とはまったく違う環境にがく然となることも少なくない。スギ・ヒノキの植林に覆われた山にはイヌワシは生息できない。大きく育ったスギ・ヒノキだけの単純 な植林地は、イヌワシの獲物となる野生動物が少ない上に、びっしりと植えられた木によって林床がまったく見えず、イヌワシが狩り場として利用できない場所なのだ。

数km以上も離れた稜線を肉眼と双眼鏡で探し続ける。飛行する大型の鳥を見つけると、まずイヌワシなのか別の猛禽類なのかを慎重に判断する。点のような小さなシルエットから正確に識別するには、長年の経験が必要だ。

生息確認の次のステップは、営巣地探しである。しかし、誰にでも分かるような営巣地探しの方程式があるわけではない。1ペアのイヌワシの行動範囲は、100km2もの広さにもなるから、イヌワシを発見した地点と営巣地とがまったくかけ離れた場所であることも少なくない。その上、営巣適地はイヌワシの広い行動範囲の中にはいくつも存在する。様々な地域でいくつもの営巣地を発見してきた経験をもとに、営巣に適した地域を選び、遠くからイヌワシの動きを観察する。

巣材や獲物を運ぶ姿を観察できれば申し分ないが、単にイヌワシが飛び回っただけならば、近くに営巣地があるかどうか、大いに惑わされるところだ。営巣地の近くなのか、それとも獲物を探して飛び回っているのか、確実に見分けることはとても難しい。

営巣地を直接見ることができれば話は早いが、イヌワシの営巣地は急峻な渓谷の崖に営巣しているのでアプローチも簡単ではない。イヌワシを確認したその場所で巣材や獲物を運び込むのを期待して観察を続けるか、それともそこには営巣地はないと判断して別の候補地で観察を開始するのか、選択しなければならない。判断を誤ると、営巣地のないところで何日も観察を続けることになってしまう。

野を越え山を越え、ある時は雪上に残された野生動物たちの足跡をたどりながら、またある時は春の木漏れ日を浴び小鳥たちのさえずりを聞きながら雑木林を歩く。イヌワシの観察を楽しみながら営巣地を探索する。

机上では説明できないその場の雰囲気は、野外に身を置くことで感じ取れるものだ。失敗を繰り返しながらも「勘」は鍛えられていく。少しづつ、経験を積むほどに正確な「勘」に近づいていく。

営巣地探しの極意は、長年積み重ねてきた「直感」なのだ。言葉で表すことは不可能だ。

営巣地がほぼ確実に特定されてくれば、急峻な渓谷もなんのその、イヌワシの営巣の邪魔にならないように遠巻きにではあるが、巣が見える場所まで一気に駆け登る。元気に育つヒナの姿があれば気分は最高だ。