Vol.6 イヌワシ: 天狗伝説

眼光鋭いイヌワシはまさに天狗鷲だ

日本各地には、数多くの天狗伝説が残されている。

天狗は想像上の怪物とされているが、実在するモデルがあるのではないだろうか。鼻は高く突きだし、目は千里眼、1日千里を駆け抜ける、翼を持ち飛行自在で風を起こす大きな羽うちわを持っているとされている。

イヌワシの特徴は、顔の中央部に突出した大きな嘴、1〜2kmも先のノウサギやヤマドリを探しだす非常に発達した視力、10km四方もの広い行動圏を持ち、時速200kmにも達する急降下などのすぐれた飛翔力、翼開長2mの大きな翼と扇型の大きな尾羽など天狗の特徴とぴったりと一致する。

イヌワシは漢字で「狗鷲」と書く。天狗のモデルはイヌワシだったのではないだろうか。

天狗山・天狗岩・天狗平など天狗と名のつく地名は日本全国あちらこちらに見受けられる。人と天狗のつながりは何百年も前から続いている。それがこの20?30年の間に大きく変わろうとしている。

科学技術の発達とともに人間の活動範囲が急激に広くなった。イヌワシの棲む地域でも機械化による大規模で急激な環境の変化が起こっている。天狗と名のつく場所にかつてはイヌワシが棲んでいたと考えられるが、今もイヌワシが棲んでいる場所は数少なくなってしまっている。イヌワシの減少とともに、天狗伝説も語られることが少なくなったのではないだろうか。

イヌワシが信仰の対象となっていたと考えられるふしもある。イヌワシの巣がある岩の上にほこらを立て、神様を祭ってあるところや、イヌワシの巣のある岩の下に、巣のあるところと同じ形に岩を削って石仏を安置してあるところなどがある。この石仏は普段見かける丸顔のふくよかな石仏とは違い、鼻が高く鼻筋が通った彫りの深い顔をしている。まるでイヌワシを擬人化したものであるかのようだ。

今でもお参りに訪れる人があるらしく、小さな踏み分け道がしっかりと付いている。昔は、その岩場が天狗のねぐらとして大切に祭られていたものと僕は想像している。今ではそこに天狗の巣があったことを知る人は誰もいないだろう。野生動物と人間との接点が、現在の日常生活ではほとんど無くなってしまっているのだ。

かつて山里に住む人々は、イヌワシを天狗様と恐れ、あがめて大切に守ってきたのだろう。  自然からの豊かな恵みを大いに利用して生活していた人々は、イヌワシの棲む豊かな自然環境は自分たちが生きていくうえにも必要であることを知っていたに違いない。

しかし、生活様式の近代化とともにイヌワシは身近な存在ではなくなってしまった。イヌワシと人間のかかわりが途切れたかに見えた。ところが、イヌワシがなおざりになったところへ環境問題が浮上した。食物連鎖の上部に位置するイヌワシは、自然環境の豊かさのバロメーターとして再び注目を集めるようになった。

昔はイヌワシも人間も共に生きて来たが、現在はイヌワシか人間かというふうな二者択一を強いられることが多くなっている。未来もやはり、イヌワシも人間もであり続けたいものだ。

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