イヌワシが飛翔する姿は美しい。翼を広げると2mもある巨大な鳥が軽々と宙を舞う。
羽ばたくことなく上昇し、滑るように滑空する。翼をすぼめて先端を体にぴたりと付けて、ひし形になる急降下は時速200kmにも達する。ジェット機のような轟音を聞いて頭上を見上げると、イヌワシが急降下していったことがあった。
彼らの飛行を助けるのは、風である。風をつかめば羽ばたく必要はほとんどない。遠くへ出かけるときには、旋回しながら上昇気流に乗り、空高く上昇した後、目的地まで一直線に滑空する。イヌワシの行動範囲は10km四方もの広さがある。羽ばたかずにエネルギー消費の少ない飛び方で、獲物を探して広大なエリアを飛行するのだ。
また、急降下と急上昇を波のように繰り返す波状飛行は、航空ショーを見ているようだ。翼をほとんど閉じて、100m以上も急降下した後、翼を広げ、急降下のスピードを利用して一気に上昇する。上昇の勢いがなくなった頂点で翼を閉じ、再び急降下へと続くのだ。波状飛行は、ペアのテリトリーへ侵入して来るイヌワシに対しての警告飛行であることが多い。侵入者の接近具合で、波の深さや角度が変化する。
停空飛翔は向かい風を利用する飛行方法だ。翼と尾羽を微妙に動かしながら、空中の一点に凧のようにピタリと停止する。そのまま動かずに、山の斜面に現れる獲物を探す。時には、停空飛翔のまま、エレベーターのようにまっすぐに上昇したり、地上スレスレまで降下したりと、空中遊泳を楽しんでいるような飛行を披露してくれるのだ。
どんよりと曇った風のない日は、羽ばたきを交えながら旋回を繰り返すが、なかなか高度を稼げない。イヌワシの動きも、おのずとゆっくりとしたものになる。
風を操る天性の飛行家にも弱点がある。普段は風をはらんで悠々と旋回上昇するイヌワシも、強い下降気流には勝てない。
イヌワシが上昇気流を求めて小さな沢に沿って羽ばたきながら飛行していた。付近は強い下降気流となっていて、尾根を越えてきた霧が、谷底へ向かって猛スペードで流れて消えていく。イヌワシは沢の詰めの斜面まで来て、懸命に羽ばたきながら旋回を始めた。羽ばたきの様子からするとかなり慌てているようだが、上昇するどころか徐々に高度が下がっている。果たしてこの下降気流に打ち勝って上昇することができるだろうか。イヌワシは、一生懸命に羽ばたきながら旋回上昇を試みたが、ついにあきらめ、鞍部を越えて少しでも気流のいい場所を求めて移動して行った。
どんな強風も味方に付けて華麗な飛行を見せてくれるイヌワシが、こんなに悪戦苦闘する姿を見たのは、後にも先にもこのときだけである。
ダイナミックで華麗な飛翔は多くの人々を魅了する。僕もこの魅力に取りつかれてしまっている。