Vol.39 ムササビ:空飛ぶ哺乳類

夜になって洞から姿を現した。被膜を広げて滑空する(左上)。

木から木へと空中を滑空する哺乳類がいる。ムササビだ。

昼間は木の洞で眠っているが、夜になると活動を始める。あたりがすっかり暗くなって人間の目では洞がまったく見えなくなる頃、ムササビは洞から顔を出す。まわりの様子を窺った後、穴から出て幹を駆け上がる。前方に障害物のない枝に移り、前脚と後脚の間にある被膜を広げて一気に空中へと飛び出していく。

この一連の行動は毎日同じように繰り返される。巣穴から顔を出す時間は正確に決まっている。時間というよりは、明るさで決まるようだ。日の入りが遅くなる夏のあいだは、ムササビが出てくる時間も遅くなる。夏と冬とでは2時間以上の時間差がある。

幹を駆け上がるカサッカサッという微かな足音や、唸るような「ヴェェ」という鳴き声でムササビが活動を始めたことが分かる。音源の方向へライトを向けてゆっくりと幹や枝を探していくと、光を反射して輝く丸い2つの目がはっきりと確認できる。姿を探すよりも目を探したほうが確実で早い。

ムササビは大木がある森を好んで生活している。大木には巣穴となる洞があちこちに開いているからだ。身近なところでは、大木が残る神社の森がムササビの住み家となっていることが多い。こうした森の中で静かに耳を澄ませていると、ムササビが幹を登り枝を伝う微かな足音が聞こえてくる。「カッ」という単発的な音が突然したならば、それはムササビが滑空して幹に取りついた時の爪音である。

ムササビの滑空は鳥のような風切り音はしないので、幹に取りついた時の音だけが突然聞こえてくる。その音が、僕のすぐ脇にある木の根元から聞こえてくることもあるから、どこから飛んできたのかと驚かされることがある。暗闇の中で僕が頼れるのはこの微かな音だけである。ムササビは幹を駆け上ったり滑空したりと、活発に行動していても静かで、その気配を感じさせない。

7月のある夜、僕はムササビを探して神社の境内を歩いていた。この時期、ムササビはツバキの実を食べていることが多い。ツバキの木を1本づつ見てまわっていると、ジャンプすれば届きそうな枝につかまって、種子を食べているムササビを発見した。

ムササビは、真下から見上げている僕の様子を見ているが、逃げることも威嚇することもしない。ただ静かに僕を見ている。少し落ち着くと、また種子を食べ始める。ムササビを探していなければ、まったく気づくこともなく通り過ぎていただろう。

実は、たくさんのムササビが人間の生活圏内でひっそりと暮らしているのだ。集落のはずれにある家の脇に、巣穴のある1本のスギが立っている。集落の人たちは毎日ここを通るが、ムササビの巣穴があることに気づく人はいない。巣穴のまわりは木の皮が毛羽立っていて、常に使用されていることが分かる。夕闇とともにここからムササビが出かけていくのだ。

集落付近でもムササビを見るチャンスは多い。夕暮れ時、木の上からムササビの声が聞こえたなら探してみよう。ライトがなくても見つけられる可能性はある。声が聞こえたあたりの高い木を、空に透かしてしばらく待ってみよう。森の中は暗くなっても空は少し明るいので、空をバックに木から飛び立つムササビの姿を見ることができるかもしれない。