落葉広葉樹林が広がる自然豊かな森にはツキノワグマが暮らしている。生息数が少なく姿を見ることは非常に難しい動物である。
しかし、近年では人里へ現れるクマが全国各地で目撃されるようになった。特に昨年の秋には、異常出没と言われるほどに人里に姿を現した。人とクマとの接点が増えると、クマによる人身被害が起こりやすくなるため、このようなクマは捕獲されてすぐに射殺されるか、生け捕りにされて懲らしめたあと他の場所に放獣(学習放獣)されるかのどちらかになることが多い。クマが人里に姿を現すことは、人間にとって脅威であると同時に、クマにとっても命がけの行為なのだ。
昨年の異常出没の時には、クマの大半は捕殺されてしまった。しかし、クマはもともと生息数が少ないので、短期間に大量捕殺することは避けるべきである。一気に個体数が減少し、小規模な個体群では絶滅してしまう可能性も十分考えられる。
「人間のいるところに行くと恐ろしいぞ」と言うことを常にクマに示しておくことも必要である。学習放獣や威嚇射撃での追い払い、時には適正な個体数コントロールの範囲内での捕殺も必要となる場面もあるだろう。
人里への出没の危険性は、クマ自身も十分に認識していることは間違いない。人間に見つかりやすい昼間に現れることはほとんどなく、日没後あたりが闇に包まれる頃になって集落に姿を現す。
庭にある柿の木に登って柿を食べたり、近くの栗の木で栗を食べたりと、出没の目的はほとんどが食物である。ツキノワグマの食性は、そのほとんどが植物質であり、人間を襲って食べるようなことはない。クマも人間もお互いが出会いを恐れている。突然の出会いに逃げ場を失ったクマが、自身や子供を守るために人間に襲いかかってしまうのだ。
人気のない山の中ではクマはどのような行動をしているだろうか。クマは昼間から堂々と活動している。春先には、ブナの木に登り新芽をさかんに食べている姿をよく見かける。そんな時、僕はクマへの接近を試みる。抜き足差し足、足音を忍ばせて近づき、いよいよとなると匍匐前進だ。クマのほうは、ムシャムシャと貪欲に新芽をむさぼっている。
僕はすぐ近くからじっくりとクマの様子を観察した。クマは、こんな山の中に人間がいることなど考えてもいない様子で、僕が少しくらい音を立ててもまったく気にしていない。
いよいよクマが人間の気配を感じたのは、臭いからだった。クマは突然鼻先を上げて臭いを嗅ぎ始めた。すぐにクマは少し慌てて、しかし貫録は保ちながら不器用そうにお尻から木を降り始めた。地上に降り立つと、僕とは反対側の谷へ向かって一目散に逃げていった。
クマが命の危険を冒してまで人里へ出没して食物をあさるのには、それなりの理由があるはずだ。命の危険を顧みないほどに空腹であるのか、それとも人里にある柿や栗などの味覚に引き寄せられてのことなのか。
いずれにしてもムダな衝突を避け、共に暮らしていきたいものだ。