鉄塔営巣のクマタカ。ようやく巣立った

雛は巣立っていた。巣やその周りの鋼材にも止まっていない。鉄塔から飛び出して近くの林の中にいるのだろう。雛は巣立ってしまえば雛とは呼ばずに幼鳥となる。
幼鳥は巣立ち後しばらくの間、巣に戻って親鳥から獲物を受け取ることが多い。戻って来るのを待つことにするが、2時間経っても何の動きもない。3時間ほど経過してようやく、巣から100mほど離れたあたりから幼鳥の鳴き声が聞こえてきた。3〜4声で鳴き止んでしまったが、幼鳥が無事に巣立って近くにいることが確認できたのでほっとした。巣に戻って来ることを信じてさらに待つ。

13時ごろ、鳴き声が聞こえたので巣を見ると、巣の上に幼鳥が戻っていた。尾羽が前回見た時よりさらに伸びて、見た目に立派なクマタカとなっている。巣の上を歩いて、水平に伸びた鋼材の上に移った。そこで親鳥が獲物を運んで来るのを待つことにしたらしい。夕方までその場を動かずに止まっている。
遠くを飛行する親鳥を見つけては数声鳴く。しかし、今日は獲物が捕れないらしく、親鳥は戻って来なかった。

巣と近くの林を行き来しながら過ごしている。今は巣のそばで親鳥が獲物を運んで来るのを待っている

羽繕い

鉄塔営巣のクマタカ。まだ巣立たない

お盆に西日本を通過した台風の影響で、吹きさらしの巣ごと飛ばされるのではないかと心配したのだが、巣も雛も無事だった。雛は巣の上で落ち着いていて、まだ巣立つような仕草は見られない。尾羽や風切羽はまだ短く、これではもうしばらく巣立つことはないだろう。普通はこのくらいの日齢になると盛んに羽ばたきの練習をして、空中に浮き上がったりするのだが、この雛はほとんど羽ばたき練習をやらない。

その原因はこの巣の形状にあるのかもしれない。普通は直径1m近い丸い巣が樹木の枝に造られる。クマタカの雛はそこで思い切り翼を広げて羽ばたき練習をする。しかし、この鉄塔の巣は待避所のL字になった細長い網目状のところに細長く巣をかけている。その上、手すりのようになった鋼材が周りを囲んでいるので、翼を広げて羽ばたくと翼がその鋼材に当たりそうだ。

巣立ちが近くなると、巣から離れた枝先に止まったり上の枝に飛び移って止まったり、首を伸ばして巣の外を見て飛び出したそうな行動をしたりするものだが、この雛は全くそういう行動も見られない。
これらの行動をするかどうかは雛によって個体差がある。樹上営巣の雛でもあまり羽ばたき練習をしない個体もいるので、巣立ち前の行動が見られないのが鉄塔営巣の影響なのかどうかはわからない。

この雛の巣立ちは、8月末か9月に入るかもしれない。巣立ちは本州では7月中旬頃、北海道でも7月下旬から8月上旬とされているから、この鉄塔営巣のクマタカは遅い巣立ちの日本記録になるかもしれない。
鉄塔営巣と遅い巣立ちの両方で日本記録樹立となりそうだ。しかし、巣立ちが遅いのは、クマタカの生息状況が良くない場合が多いので喜んではいられない。



鉄塔に営巣するクマタカの育雛。親鳥が今回もモモンガを運んで来た

鉄塔営巣のクマタカ。巣立ちまでもう少し

早ければもう巣立っているかもしれないと思いながら、鉄塔の巣を望遠鏡の視野に入れる。巣の端っこに座っている雛が見えた。8月6日の時点で羽毛が生え揃い、一見立派なクマタカとなっている。しかし、立ち上がった姿を見ると尾羽がまだかなり短い。巣立ちまでにはあと10日くらいかかるだろう。

いい風が吹くと、翼を広げて羽ばたきの練習をし、親鳥が持ち帰った獲物に飛びつき、翼で覆い隠して押さえ込むなど元気に動き回っている。今日の獲物は鳥類(種不明)と大きなヘビだった。どちらもすぐには食べなかったが、しばらくして鳥のほうを食べ始めた。鳥をすべて食べ尽くしてもヘビのほうは食べずにいる。ヘビより鳥のほうが好みなのかもしれない。夕方までにはヘビも少しだけ食べた。

35度以上の猛暑が続いているが、日陰のほとんどない鉄塔の巣で雛は元気に育っている。明後日ごろに超大型の台風が西日本に上陸するとの予報だ。巣ごと吹き飛ばされないことを祈っている。



鉄塔営巣のクマタカ。雛の羽毛が生え始めた

鉄塔営巣のクマタカは順調に雛を育てている。雛の翼には羽毛が少しずつ伸びてきた。雛は羽毛の伸び具合から生後42日程度(7月6日時点)と推測される。雛が孵化したのは5月25日頃であろう。結構遅い孵化日である。僕がこれまでに観察した中で早いものでは4月下旬に孵化しているから、それと比べるとちょうど1ヶ月遅い。しかし繁殖の始まりは気温や雪の量など地域によって違いがあるので、このペアの地域ではこれがスタンダードなのかもしれない。

雛が生後1ヶ月ほどになると、日中は保温の必要がないので親鳥は巣から離れ、雛だけで過ごす時間が多くなる。しかし、雌親は巣が見える場所から雛の様子を見守っている。
繁殖の妨げにならないよう、これまでは遠くからの観察にとどめていたが、今日は親鳥がいない間にブラインドに入り、少し近くから観察する。案の定、巣にいるのは雛だけだ。それでも雌親はそう遠くないところにいる可能性が高いので、林の中に隠れてそっとブラインドに入る。
10時半頃、近くで親鳥2羽が鳴き交わしているのが聞こえてきた。雄親が獲物を持って近くまで来たのだろう。雛も鳴き始めた。間も無く雄親が獲物を持って巣に入った。雛は激しく鳴きながら雄親の足元に飛びついて獲物を押さえ込む。雄親はすぐに巣から出て行った。

雛は両翼を広げて獲物を覆い隠して押さえ込んでいる。しばらくして雌親がその獲物を雛へ給餌するために巣に戻って来た。その時にマツの青葉も持ち込んで巣に敷き込んだ。針葉樹の青葉には殺菌作用があるので、巣を清潔に保つためには欠かせない。生肉を食べる猛禽類の多くが、巣に度々青葉を運び込む。

雌親が獲物を持ち上げると、それはモモンガであった。引きちぎっては雛に与え、時々雌親も食べる。ものの15分ほどでモモンガ1頭を食べ終えた。
夜行性のモモンガが、早朝にまだうろついているところを襲われたのだろう。クマタカは小さなものではネズミ類や小鳥、大きなものではノウサギやタヌキ・キツネの子どもなども捕らえる。小さなものから大きなものまで、いろんな獲物を捕獲する俊敏さがクマタカの強みである。



鉄塔営巣のクマタカ、雛が孵化。繁殖順調

鉄塔に営巣しているクマタカの繁殖は順調に継続している。5月中旬には、まだ抱卵であったが、月末には雛が孵化していた。遠方からの観察なので雛の姿は確認できなかったが、雌親が獲物を引きちぎって給餌している姿が確認できた。

鉄塔は周りの林から飛び出て高いので、森の中の営巣と違って直射日光や雨や風を遮るものがない。以前樹木で営巣していたクマタカの雛が、台風の強風で吹き飛ばされて地上に落ちて死んでいたことがあった。鉄塔の上ではさらに強い風が吹き付けるだろう。強い陽射しもまた小さな雛にとっては致命的だ。親鳥が翼で覆って日陰を作って凌ぐしかない。新しい環境での心配事は次から次へと思い浮かぶのだが、新世代クマタカはそれらの問題をいとも簡単に克服するに違いない。



鉄塔に営巣するクマタカ。
雌親は獲物を引きちぎって雛に与え、時々自分も食べる

クマタカが鉄塔で営巣

クマタカの営巣の多くはマツやスギなどの針葉樹が多く、場所によってはブナやトチなどの落葉広葉樹にも見られる。外からは見えにくいところに巣をかけるのが普通である。ところが、まわりがひらけた見晴らしのいい鉄塔の中腹に営巣しているクマタカペアを先日発見した。このような例はこれまで聞いたことはなく、調べてみても見当たらない。おそらくこれが初めての事例だと思う。

鉄塔を利用した営巣は、同じタカの仲間ではミサゴで時々確認されている。ミサゴはもともと木の頂上などのひらけた見晴らしのいいところに営巣することが多いので、鉄塔もまた似たような環境といえる。しかしクマタカにとってはかなり違った環境となってしまうのだが、これも新世代クマタカのなせる技なのかもしれない。

雄クマタカがヘビを捕まえて巣の近くに戻って来た。巣の脇の鉄塔の横棒に止まり、抱卵中のメスに獲物を持ち帰ったことを知らせている。抱卵期には、持ち帰った獲物を巣には持ち込まない。雄はヘビを持って飛び立ち、近くの林の中へ入って行った。すぐに雌が巣から立ち上がり、雄の後を追って林へと消えた。そこで獲物を雌に受け渡した後、雄は巣に戻って抱卵を開始した。雌が獲物を食べている間、雄が交替して抱卵を受け持つのだ。

今のところ順調に繁殖が続いているが、まわりの見晴らしがいいだけに多くのリスクがある。人間の接近によって営巣を放棄したり、カラスや他の猛禽に卵や雛を取られたりする可能性が高くなる。また、鉄塔は定期的にヘリで飛行して点検しているので、ヘリの接近でクマタカが驚いて巣から飛び出してしまうかもしれない。その際慌てているので卵を蹴り落としてしまう危険性もある。

そんなことを考えている時、偶然にも巡回のヘリが爆音を立てて近づいて来た。クマタカがどのような行動に出るだろうか? ヘリは鉄塔の電線に沿って低空を飛行して近づいて来る。クマタカが営巣している鉄塔の間際を飛行して通り過ぎて行った。クマタカはじっと伏せてヘリが通過するのを見送った。

今回は何事もなく終わったが、ヘリが鉄塔の所でスピードを落としてホバリングすることがあれば、クマタカの行動は違ったものになっていただろう。いろんな心配は尽きないが、繁殖が成功することを祈って今後も静かに観察を続けて行きたいと思う。



鉄塔に営巣するクマタカ。
雄がヘビを持ち帰った。
近くの林に入り、雌に獲物を受け渡した後、雄が抱卵に入る

Vol.50 クマタカ:幼鳥独り立ちの季節



幼鳥は翼を少し下げて飛行する。成鳥に比べて全身がかなり白い。

今冬は雪が少なく、かなり暖かかった。2月はもう春のような気候だった。

例年よりも早くいろんな花が咲き始めたが、こういう年は必ずといっていいほど「寒の戻り」がある。例に漏れず今冬も3月12日前後に寒波がやって来た。我家のまわりは今頃になってこの冬一番の積雪となった。咲き始めた花は60cmの雪の下に埋まってしまった。しかし、一時的な寒さはあるものの、季節の歩みは確実に平年よりも早く進んでいるようだ。

では、動物の世界はどうであろうか。厳冬期の1月には巣造りを開始するクマタカは、今年のような暖冬の年でも、何故か産卵はむしろ遅くなることが多いようなのだ。近畿地方では、早い年には3月上旬に産卵する。しかし、今年は3月の後半に産卵するペアが多くなるのではないだろうか。

親クマタカは、巣造りをして産卵の準備を始めていると言うのに、前年生まれの幼鳥はまだ親から獲物をもらっている。親クマタカを見つけるとピーヨピーヨと大きな声で激しく鳴いて獲物をねだる。こんなに騒がしい幼鳥にまとわりつかれては、獲物となる動物が逃げてしまい、親クマタカの狩りにも支障をきたすだろう。親クマタカは、上手く幼鳥を振り切って狩りに出かける。一人前に飛行しているように見える幼鳥だが、親の飛行と比べるとまだまだ技術不足である。幼鳥がもたもたしている間に、親クマタカはさっさと高度を上げて遠くへ出かけてしまう。幼鳥は遠くへ行くことに不安があるらしく、少し離れたところまで行くとまた戻ってくる。

3月になって幼鳥の姿を見かけることが少なくなってきた。少しずつ遠くまで出かけるようになって活動範囲が広がってきている。もうそろそろ親から離れて独り立ちしなければならない時期だ。雌親は産卵を控えて巣の周辺で過ごすことが多くなり、狩りに出かけるのはほとんど雄親だけになっている。雄は、獲物を雌へプレゼントするので、幼鳥に獲物がまわってくる機会は減っている。幼鳥は自分で獲物を捜しに出かけなくてはならなくなっているのだ。

幼鳥の姿をほとんど見かけなくなった3月の中頃、親クマタカがノウサギの残骸を運んで巣の近くのマツに止まった。両親ともに腹いっぱい食べたあと、残りを運んで来たのだ。トビやカラスが近くを飛ぶと、両翼で獲物を覆い隠して守っている。幼鳥のために運んで来たのか、それとも自分の腹が空くのを待っているのか…

4時間が経った頃、獲物の脇に立っている親クマタカが身構えた。幼鳥が勢いよく獲物めがけて飛び込んできた、と同時に親クマタカは身をかわすように飛び立った。姿を現すことはほとんど無くなっていた幼鳥だが、獲物を持っている親クマタカを目ざとく見つけて近づいて来たのだ。幼鳥にとって生きた獲物を捕獲するのは並大抵のことではないので、背に腹は代えられない思いで親クマタカから獲物を奪い取ったのだろう。

Vol.21 猛禽類の生存戦略

人工物に止まるクマタカ

猛禽類は、個体数の減少や繁殖成功率の低下など、将来が危ぶまれる種類が多い中で、環境の変化にうまく順応してしたたかに生きる種類も少なからずいる。

猛禽類は警戒心が強く、人間とは距離を置いて生活していると考えられていたが、近年では都市部のビル街や市街地の公園で繁殖するものなど、人間の往来の激しい場所へ進出する個体が見受けられるようになった。オオタカやハヤブサの仲間は人間が作り出した新しい環境に順応して繁殖を始めている。

猛禽類の生存を左右する主な要因は、獲物となる動物の豊富さである。彼らは、都市部や郊外で増えているドバトやスズメなどに目をつけたのだ。中型のオオタカやハヤブサはドバトを主に捕食し、小型のハイタカやツミなどはスズメや他の小鳥を捕食する。

本来岩場で繁殖するハヤブサは都市部の高層ビルで繁殖し、森林性のオオタカの仲間は公園や郊外の林に営巣する。人間への警戒心を少しずつ和らげながら進出してきたのである。

市街地に進出する猛禽類がいる一方で、イヌワシやクマタカは山地に住み続ける。彼らはノウサギやヤマドリ・リス・テンなどを獲物とするために、市街地への進出はありえないだろう。イヌワシやクマタカは、昔ながらの自然環境が残る山地帯で生活し続けるしかないのだ。昔ながらの自然環境とはいっても、近年では奥山にまで開発の波が押し寄せ、彼らの生活も少しずつ変わってきている。

山地に住むクマタカだが、山の中にそびえ立つ巨大な人工物である高圧鉄塔をよく利用する。まわりの樹木よりも何倍も高い鉄塔は見晴らしが利くので、獲物を探すのにも周辺の見張りをするのにも非常に都合がいい。しかし、高圧鉄塔は感電の危険性がある。実際に感電して黒焦げになったクマタカの死体も見つかっている。飛行中に高圧線にぶつかる危険性もあり、海外の国立公園などでは、高圧線によく目立つ目印をつけたり、鉄塔の感電する恐れのある部分に止まれなくして、代わりに安全な位置に止まり木を取り付けているところがある。

高圧鉄塔はイヌワシにも利用価値の高いものだと思えるが、イヌワシが鉄塔に止まったのを一度も見たことがない。

猛禽類も環境の変化を有利に利用できるように少しずつその環境に順応してきている。獲物が豊富で営巣地が確保できるのであれば、少々の環境変化は受け入れてしまうのだ。しかし、市街地やその郊外の環境の変化は非常に早く大きい。1年後には営巣地や獲物が同じところで確保できるかどうかわからない。非常に不安定な生息地であることは間違いない。

人工物をほとんど利用することのないイヌワシは、環境の変化にも弱い猛禽だと考えられる。その分イヌワシの生息する山地帯は、近年の機械化された奥山開発に圧迫されてはいるものの、市街地周辺に比べると環境の変化は比較的ゆっくりしたものである。

環境への適応力が高い猛禽と、適応力は低いが変化の小さい生息地に住む猛禽、どちらの選択が有利だろうか?

個としては後者の方が、種としては前者の方が有利であろう。

さて、選択の余地があるならば、自分はどちらを選ぶだろうか。

Vol.20 クマタカ:幼鳥の一日

獲物の出現と親の帰りを待つ幼鳥

クマタカのヒナが巣立ちするのは、近畿地方では7月の中旬頃である。巣立ちを境にヒナから幼鳥へと呼び名が変わるが、まだまだ一人で生活できるわけではない。

生きた獲物を捕まえることができるようになるには相当な訓練期間が必要だ。狩りに挑戦するが、成功することはほとんどない。近くに現れる小鳥に首を伸ばして狙いを定め、襲いかかっては失敗を繰り返している。動きの素早い小鳥は幼鳥の手には負えない。獲物を捕獲できるようになるのは半年ほど先のことであろう。それまでは親が運んでくる獲物を頼りに生活している。

幼鳥は日増しに飛翔力をつけて付近を飛び回るようになるが、遠くまで出かけて行くことはしない。遠くに離れてしまっては、親クマタカが獲物を運んできても幼鳥を見つけられない。クマタカは森林内で狩りをしたり休息したりしているので、親クマタカと幼鳥がお互いを探し出すためには、ある程度限られた範囲で幼鳥が行動している必要がある。

獲物を運んで来た親クマタカは、まず巣の近くで幼鳥の姿を探す。巣立ち直後は、親クマタカはダイレクトに空の巣へ獲物を運ぶ。この時期幼鳥は巣から数10 mしか離れずに生活しているので、親クマタカが獲物を持ち帰ったのを見つけて慌てて巣へと戻ってくる。

2、3ヶ月経って幼鳥が数100 mの範囲を行動するようになると、親クマタカは巣の周辺が見渡せる場所に止まって、フィーと細く高い声で鳴きながら幼鳥に獲物を持ち帰ったことを知らせる。林の中にいる幼鳥がこの声を聞きつけ、ピィーヨ・ピィーヨと鳴きながら飛び出してきてお互いが接近し、林の中に入って獲物の受け渡しが行われる。幼鳥がいつもの場所から離れている時などは、親クマタカと幼鳥がお互いを見つけるまでに相当な時間がかかることもある。

巣立ち後3ヶ月が過ぎた秋、親クマタカは獲物を持ったまま幼鳥を呼び続けるが反応がない。転々と止まり場所を変えて呼び続けても同じである。そのうち親クマタカがしびれを切らし、持っている獲物を少しずつ食べ始めた。幼鳥が受け取るはずであった獲物がだんだんと小さくなっていく。幼鳥はその日の食事にありつくことはできなかった。親クマタカが食べ終えて、飛び去るのを見てようやく幼鳥が姿を現した。ピィーヨ・ピィーヨと鳴き叫んでみても、もうあとの祭りである。

幼鳥の一日は、自分で獲物が捕獲できるように狩りの訓練をすることと、親クマタカが獲物を持ち帰るのを見逃さないようにすること、この2つが主な仕事である。まだ自分で十分な獲物を捕れない幼鳥にとっては、どちらも非常に大切なことである。

巣立ちから半年が経つ頃には、親クマタカは次の繁殖に入るために幼鳥を追い出すようになる。狩りの仕方を十分に得とくできたかどうかがこれからの幼鳥の生死にかかわってくる。まだ頼りない狩りの様子の幼鳥が親のもとから旅立っていく。

Vol.19 クマタカ:狩りの戦術

吹雪の中で獲物を待つ

人間を含めた生物にとって、生きるために重要なものはやはり衣食住であろう。

クマタカは、自前の高級な羽毛を身に付けているから衣の問題はない。食物の量は、生死や繁殖に直接影響する。住み家(営巣環境)が無くなればその地域から姿を消すことになる。食物や営巣環境は、自然に存在するものであって、自ら作り出すものではない。それが人間と野生動物との大きな違いの一つである。

クマタカは、限られた自然環境の中で何とか生き抜いている。獲物となるノウサギやリス・テン・ヤマドリなども近年では生息数が減少し、食物を得るのが大変である。クマタカの狩りの方法は、木の枝に止まって獲物が現れるのを待つ、待ち伏せ型を多く使っている。この方法は、森の国の日本では、かなり有効な方法であるといえる。飛行しながら獲物を探すこともあるが、森林地帯では林床の見通しが悪くあまり効率が良くないのだ。

いずれにしても、獲物はたやすく手に入るわけではないので、生活のほとんどすべての時間を狩りのために費やしている。気持ちよさそうに帆翔している時も、ゆったりと木に止まっている時も、常にその目は獲物を探し続けている。一日中休みなく探し続けても獲物が見つからない日も多い。獲物が捕獲できた時には、満腹以上に食いだめする。獲物がない日には、次の獲物にありつくまで何日も空腹で過ごす。一週間以上も獲物が捕れないこともあるのだ。

ある日、尾根にある大木に止まり、獲物を探すクマタカを見かけた。かれこれもう2時間以上も止まり続けている。夕やみが迫りあたりが薄暗くなり始めた頃、それまで垂直に立っていた姿勢が水平姿勢になり、首を伸ばして何かを凝視している。明らかにその目に獲物を捉えている。獲物となる相手は何か、僕にはまだ見えない。獲物は速いスピードで動いているらしく、クマタカの視線が移動している。20秒ほどの緊迫した状況は非常に長い時間であったように感じられた。

クマタカは、ついにフワッと飛び立ち、翼を半分閉じたまま急降下でスピードを上げている。クマタカの前方に数羽のハトが僕の目に飛び込んできた。クマタカは、前方から来たハトが通り過ぎるのを待って飛び立ち、後方から追いかける戦法をとった。クマタカはハトとの距離をグングンと詰めていった。クマタカがハトに襲いかかった瞬間、暗くなり始めた山の斜面に紛れて見えなくなってしまった。数秒後、数羽のハトが尾根を越えて飛び去るのが見えたが、狩りが成功したかどうか知る術はなかった。

クマタカの獲物は非常にバラエティに富んでいる。小さなものではスズメくらいの小鳥から、大きなものではキツネの幼獣まで様々である。体長70〜80cmもある大型のクマタカが、10cmそこそこの小鳥やネズミまで捕食する敏捷さには驚かされる。

ハトを襲った時に見られたように、クマタカは狩りのための戦術を駆使して、様々な獲物に挑んでいるようだ。獲物となる野生動物が減少している現在では、昔ほど頻繁に獲物を見つけることはできないだろう。クマタカは、様々な動物を獲物とし、狩りの腕を磨くことで、厳しい状況を生き抜いている。