Vol.33 アフリカ撮影記 Ver.10

夕陽を浴びてくつろぐバブーン

ワートッグの他にも、キャンプ場に現れて人間の食糧を狙っているものがいる。バブーンだ。

体の大きさは小柄な男性くらいもあって力強そうである。数十頭の群れで行動していて、仲間同士のコミュニケーションのためか、時々ワァッウ、ワァッウと遠くまで聞こえる大きな声で吠えている。

人間の大声大会なら軽く優勝していまいそうな大声だが、声が嗄れることなく普通に吠え続けているのだからすごい。近くでこの声を聞かされるとたまったものではないが、遠くで聞こえるバブーンの声は、岩と灌木が続く風景に映えてアフリカらしい独特の良い雰囲気がある。

キャンプ場での朝、心地よい冷気に当たりながら外のテーブルで食事の準備をしていると、我々がテーブルから離れた隙にバブーンが来ていた。妻がテーブルのところへ戻った時、バブーンはちょうどテーブルの上の食物に手を出そうとしているところだった。一瞬、バブーンは驚いてひるんだが、すぐに態勢を立て直してテーブルから離れようとしない。妻の大声を聞いて僕が出て行くと、バブーンはすぐに逃げていった。

キャンプ場に出没するバブーンは、女性や子供、小柄な男性ならば慌てて逃げることはないが、僕が出て行くと追い払うまでもなく慌てて逃げていってしまうのだ。僕は、自分の気迫でバブーンが逃げていくものと思い、すっかり気を良くしていた。

ある朝、レンジャーが銃を担いでキャンプ場の見回りにやってきた。するといつものように近くをうろついていたバブーンが、まだ遠くにいるレンジャーの姿を目ざとく見つけて、すばやく逃げ去ってしまった。バブーンはレンジャーを非常に恐れているようだ。レンジャーは、ごみ箱をあさったり、人の食べ物を盗むバブーンやワートッグなどの野生動物を銃で威嚇する。バブーンは、逃げ遅れると銃で狙われることになるのをよく心得ていて、レンジャーの姿を見ると慌てて逃げだすのである。

バブーンが僕を見て一目散に逃げる謎が解けた。レンジャーのユニフォームは、モスグリーンのズボンに同色の襟つきシャツである。僕の服装も同じくモスグリーンのズボンに同色の襟つきシャツで、レンジャーと同じだったのだ。おまけに撮影機材の重量を考えて着替えなどの荷物は最小限にしていたので、ほとんど着替えることなく毎日同じ服装であった。遠目に見ると銃を肩から提げていないことを除けば、レンジャーそっくりだ。

僕は自分自身の気迫でバブーンを追い払っていると思っていただけに、少しがっかりさせられたが、僕が行くとバブーンを素早く追い払えることには違いがない。朝食の時に、テーブルの近くに僕がいるだけでバブーンは近寄ってこなかった。

近年、日本各地で起こっているニホンザルの農作物被害は、バブーンの行動と同じである。女性やお年寄りが畑にいても、サルはすぐ近くで農作物を食べているといった光景が増えている。これがエスカレートすると、人を怖れなくなったサルが、人家に侵入したり人に危害を加えるなどの重大な被害につながることもある。

野生動物は、利用できるものは何でも利用してしたたかに生きている。楽においしいものが食べられればそこにやってくる。集落や田畑で農作物に依存して暮らす動物たちの存在が、社会問題にまで発展している。

野生動物と人の間には、ある程度の棲み分けが必要だ。共にうまく生きていくために。