国立公園内を車で走ると一番よく出会う動物がワートッグ(日本名イボイノシシ)だった。
キャンプ場ではいつもまわりに何頭かが歩きまわっていた。草をさかんに食べているが、時々こちらに近づいて来るので、追い払わなければ食料を取られてしまいそうである。
ある時、同行していた友人が歩いているとワートッグが追いかけてくるので、慌てて車に戻ろうとした時に尻のあたりに噛みつかれた。ズボンの上から噛まれたが、ズボンが破れる事もなく、うっすらと血がにじむ程度で大した怪我はなかった。
その時友人は、リンゴを食べながら歩いていたらしい。ワートッグはそのリンゴを目当てに追いかけて来たのだった。動物は相手が背中を見せて逃げると、自分のほうが優位であると認識する。ワートッグは逃げる相手を見て強気になって追いかけて来たのだ。噛みついたのは人間を襲うためではなく、引き止めるためだったのだろう。
いずれにしても気を抜く事ができない相手である。
数年後、再度このキャンプ場を訪れた時、例によってすぐにワートッグが近づいて来た。追い払おうとしてもこちらの攻撃を直前でかわして逃げていき、しばらくするとまた近づいてくる。
同行していたワシ仲間の大先輩、年齢も大先輩である安田亘之さんがワートッグに一撃をくらわす事になった。安田さんの空手は相当な腕前である。野球のバットを足のすねで蹴って折ったり、瓦を何枚も重ねて割ったりとすごいパワーを秘めている。バット折りでは何十年か昔、テレビ出演もされている。
何も知らずに近づいて来るワートッグ。いつものようにかわす事ができるだろうか。安田さんは近づいて来るワートッグをじっと動かずに待っている。ワートッグの鼻先が安田さんに触れんばかりまで来た時、電光石火のごとく安田さんの空手チョップが見事にワートッグの眉間を一撃した。
鮮やかな早業だった。軽い一撃のように見えたが、ワートッグは相当にこたえた様子である。一目散に逃げて行った。その後は少し離れたところで草を食べているだけで、こちらに近づいてくる事はなかった。これで少しは人間を恐れてくれればいいのだが。
すべてのワートッグが人間に近づいてくる訳ではない。人馴れして悪さをするのは、人間が食事をするキャンプ場などで生活するワートッグだけである。食べ物ほしさにだんだんと大胆になってきているのだ。
野生動物が近くに来るとかわいいのでついつい餌をやってしまいがちになる。人間と餌とが結びついてしまうと、餌をもらうために追いかけて来たり、噛みついたりという事態にまで発展する。ワートッグは鋭い牙を持っていて一歩間違うと非常に危険だ。
野生動物はペットなどの飼育動物と違い、人間とは一線を画して付きあっていくべきものである。つかず離れず、ともに暮らしていく事が共生への道ではないだろうか。