Vol.29 アフリカ撮影記 Ver.6

ケーブの壁に描かれたブッシュマンの絵

翌年も季節を変えて再度ジンバブエに向かう予定であったが、ジンバブエはイギリスの経済制裁などによって政情が悪化していた。

食料やガソリンが不足して暴動も起こっているとの情報があり、外務省も渡航自粛を呼びかけていた。ジンバブエに入っても自由に撮影をすることはほとんど不可能と思われた。

我々は政情の回復を待った。しかし、2年待っても状況は変わらない。3年目に再度挑戦することにした。相変わらず政情は良くないが、少しは落ち着いてきたようである。食料とガソリン不足は変わらず、我々が正規のルートでこれらを入手することは難しい。

食事付きで撮影地までの送迎が可能な、私設のサファリキャンプに滞在して撮影を継続することになった。

ジンバブエの空港に到着し、緊張しながら空港を出る。ガイドのパトリックが迎えに来てくれている。がっちりとした体格で明るく感じの良い笑顔に、我々の緊張は一気にほぐされた。

荷物を積み込んでキャンプへ向かう。町の中は、3年前に来た時より人通りが少なくなって活気がない。土産物や食料品など、露店のほとんどが無くなっている。やはりガソリンは不足しているらしく、ガソリンスタンドは閉まっている。1軒だけ開いているスタンドには、何百メートルも車の列ができているが、店員が給油をしている様子はない。パトリックに聞くと、燃料が無くなって今日の販売は終了しているらしい。並んでいる車は、明日入荷される燃料を待っているのだという。

町を抜けると、そこは以前と変わらぬ風景である。もともと、荒野が続き、所々に放牧された牛がいて、時々歩いている人間に会う程度なので、ほとんど変わりようもないのだ。

数十キロ走って、車は一本道の幹線道路を外れてキャンプへと続くダートコースへ入った。キャンプのシンボルマークであるフクロウを描いた看板のあるゲートに着いた。ここから先はキャンプの私有地である。有刺鉄線と木の枝で作った柵が続いている。ジンバブエでは、私有地や国立公園の境界は、こうした手作りの柵で囲まれている。

草原や森林地帯を抜けてしばらく走った岩山の上にキャンプはあった。岩山の上に大きな岩が重なり合うように乗ってケーブを作っている。かつて遠い昔、このケーブはブッシュマンが利用して雨風をしのいでいたものだ。土で作った直径80cm、高さ120cmほどの、臼のようなフードストッカーが今も残っている。

この地域には、ブッシュマンが暮らした同じようなケーブが点在する。彼らは、定住せずに野生動物を狩りながら移動生活をしていた。多くのケーブには、ブッシュマンが描いた壁画が残っている。その絵は野生動物と人間を描いたものが多い。動物の特徴をうまくとらえたすばらしい絵である。使われている赤い絵の具は、土や草の汁、動物の血や卵など何十種類もの材料を混ぜ合わせて作られているらしい。数千年から1万年程前に描かれたものが、現在も鮮明に残っているのだ。

見渡すかぎり人工物が見えない景色は、有史以来変わっていないだろう。今、僕はブッシュマンが見たのと同じ景色を眺め、撮影のために野生動物を探している。野生動物の行動を読み、狩りをしていた彼らに親近感を持った。