Vol.56 アフリカ撮影記 Ver.16 保護色は誰のため?



猛獣たちは保護色をしている。チーター、ライオン、ヒョウ。

大地に溶け込み森林にまぎれ、ブッシュに隠れて見えにくくなるのが動物たちの保護色だ。保護色は、草食動物が肉食獣に見つからないためにあるものだと思い込んでいた。ところが、アフリカでライオンやチーター・ヒョウなどの肉食獣を見ていると、以外にもそうではないことに気がついた。肉食獣に追われる草食獣よりも、肉食獣のほうが見つけにくい保護色をしているではないか。

ライオンやチーターが草原に横たわって獲物の動きを追っている姿は見つけにくく、彼らが保護色をしていることを実感する。むしろ、狙われている草食獣のほうがよく目立ち、肉食獣より先に僕の目に止まることが多い。肉食獣は獲物となる動物たちに逸早く見つかってしまうと狩りを成功させることはできない。いくら俊足でも、ある程度距離を詰めてからでないと狩りは成功しない。

チーターが姿勢を低くしてブッシュに隠れながらじわりじわりと距離を詰めていく姿を見ていると、その緊張感が僕にもびんびんと伝わってくる。草食獣も常にまわりを警戒しているから、チーターがデッドラインに到達する前に気づいて逃げてしまうことも多い。

ある時、ヌーとシマウマの群れが同じ方向に向かって警戒声をあげていた。前脚で地面を軽く蹴って威嚇しているようにも見える。その視線をたどると、100メートルほど前方のブッシュの陰に数頭のライオンがいる。ヌーとシマウマは威嚇のような仕草をして、仲間にライオンの存在を知らせている。この距離ならば逃げ切れることを彼らは知っているから、このような挑発的な行動を取っているのだ。

ライオンのほうもそれが分かっているから、この距離から一気に襲いかかることはしない。手分けしていろんな方向から隙をついて近づこうとしている。両者の間にピリピリと張りつめた時間が流れる。しかし、一旦警戒されてしまうと、あの手この手の試みも成功しない。30分ほど経って、ライオンは今回の狩りを断念し、座って休息し始めた。ヌーとシマウマたちも警戒を解き、ゆっくりと遠ざかって行った。

強いものが追いかけ、弱いものはいつも逃げ回っているのかというとそうではない。食うもの食われるものが互いに意識しながらも、意外なほど冷静に共に暮らしている姿に、ある種の不思議さを感じる。

木の上で寝転がっているヒョウもまた保護色をしていて見つけにくい。木漏れ日を浴びた樹木の幹にヒョウの模様が溶け込んで見分けが困難だ。ヒョウは木化けして近くを通りかかる獲物を待ち伏せている。

肉食獣の狩りは派手な攻防だけではなく、休息している時にすでに始まっている。座ってくつろいでいるように見える時でさえ、周辺の動物の動きを常に監視している。この時にこそ周囲の環境に溶け込んだ保護色は有効だ。獲物となる動物が気づかずに近づいてくるのを待っている。

肉食獣は保護色に助けられて狩りを成功させることができる。もしも派手な目立つ色彩をしていたなら、獲物にありつけずに死んでしまうだろう。アフリカの大地で肉食獣と草食獣を見ていると、隠れているのはむしろ肉食獣のほうだ。肉食獣は、草食獣以上に保護色を利用して生きているのだ。

第4回セツブンソウふれあい祭

2013年3月17日(日)に滋賀県米原市大久保にて開催される第4回セツブンソウふれあい祭にて、「アフリカの大自然~大空に舞うブラックイーグル~」と題して、写真家 須藤一成(弊社代表)によるアフリカで暮らす人々の生活と野生動物の写真を展示します。

また、同DVD作品「ブラックイーグル」の上映も行います。お近くにお越しの際は、お気軽にお立ち寄りください。

第4回セツブンソウふれあい祭
■日時:2013年3月17日(日)
■上映時間:9:00~15:00
■会場:大門坂荘

より大きな地図で 大門坂荘 を表示

DVD『ブラックイーグル 〜 アフリカの大地に舞う美しき飛行家』

DVD『ブラックイーグル』
■大きい画像(表面裏面

タイトル ブラックイーグル 〜 アフリカの大地に舞う美しき飛行家
監督・撮影 須藤一成
発売日 2012年11月15日
仕様 NTSC ALL/COLOR/DOLBY STEREO/50分
字幕 日本語/英語/字幕なし
編集・製作 宮原徹/TM IMAGING STUDIO
制作・著作 須藤一成/株式会社イーグレット・オフィス
取扱先 Amazon.co.jp
狼森(おいのもり)オンラインショップ
ホビーズワールド
■内容
世界で最も美しいと称されるブラックイーグルの飛翔と軽快なアフリカンミュージックのコラボレーション。

獲物との攻防、ダイナミックな狩り、巣造りから育雛、幼鳥の飛翔など、ブラックイーグルの生活に迫る。

世界遺産に登録されたジンバブエのマトボヒルズ。奇岩が立ち並ぶ岩山をバックに、モノトーンのワシの華麗な飛翔が映える。

■チャプター
#01 オープニング
#02 ブラックイーグル
#03 マトボヒルズ
#04 求愛ディスプレイ
#05 造巣
#06 抱卵
#07 育雛
#08 ダッシーを狩る
#09 兄弟間闘争
#10 サルを追い払う
#11 マトボの野生動物
#12 巣立ち前後
#13 美しき飛行家
#14 エンディング

Vol.54 アフリカ撮影記 Ver.15 クドゥ



ねじれた大角を持つ雄のクドゥ。土に溶け込んだ塩分を舐める。たくさんの動物たちがやって来て舐めるので地面が大きく掘れている。

くるくるとねじったような大きな角を持つ雄のクドゥは、アフリカの大地によく映える。

クドゥは体重が200kg前後あり、大きな雄では250kgもある。角を持つのは雄だけで、角の長さが1.8mを超えるものも記録されている。重さはおそらく一本で十数kgはあるだろう。高く跳び薮を駆け抜けて走るには角を自在に操れるだけの筋肉が必要だ。角は重いだけでなく長いので、余計に振り回されてしまいそうだが、急な方向転換や頭を振ったりする時にふらついたりはしていない。そう考えると彼らは強靭な首の持ち主であることがわかる。

力強い体でこの角を振り回して肉食獣を追い払うこともあるが、追い払いの効果はあまり期待できないので、積極的に武器として角を使用するものではないらしい。雌をめぐってのなわばり争いで激しくぶつかり合ったり押し合ったり、あるいはディスプレイに使用したりと、角は同種間の争いで主に使用されるのだ。

激しい闘争によって片方の角が折れてなくなってしまったクドゥを時々見ることがある。角の重さは半分になったものの、バランスが悪くてかえって動きづらいように見えるのだが…。当のクドゥは気にする様子もなく、頭が角のあるほうに傾いているわけでもなくまっすぐに立っている。クドゥの角はニホンジカのように毎年生え変わるものではないから、このクドゥは一本角のまま生きていくのである。このバランスの悪さから、肩凝りや首の凝りに悩まされはしないかといらぬ心配をしたくなる。

彼らは大きな角を付けたままでも障害物を軽々と飛び越え、薮の中では角を水平にして体に添わせて素早く通り抜けていく。

ある時数頭のクドゥがフェンスの脇にいるのに出くわした。車の出現に驚いたクドゥは高さが2mほどのフェンスを次々と飛び越えたが、少し小さな若いクドゥだけが躊躇してオロオロしている。小さなクドゥにはこのフェンスは高すぎるようだ。そのうちに有刺鉄線が少したるんで間隔が広がっている部分に狙いを定めて、この隙間を飛び越えて逃げていった。

それにしても、小さいとはいえ体高が1.2mほどあるクドゥが、広いとは言えないその隙間を通過したとは信じられない。僕は、クドゥが体当たりで有刺鉄線を切って通り抜けたのではないかと思い、そこへ行ってみたのだが、有刺鉄線は切れていない。フェンスはほとんど揺れなかったから、本当に見事にこの間隙をすり抜けていったのだ。前脚と後脚を水平にして、体が最も細くなる姿勢で有刺鉄線の間を抜けていったのである。サーカスの動物ショーの火の輪くぐりも顔負けの素晴らしさだった。

お世辞にも細身とは言えないずんぐりとしたクドゥは、いかにも鈍重そうに見えるので、余計に軽やかでしなやかな身のこなしに驚かされた。首だけでなく、全身の筋肉が強靭でしなやかなのだ。

Vol.53 アフリカ撮影記 Ver.14 野焼き

野焼きの炎は強弱を繰り返しながら燃え広がってゆく

乾期の終わり頃、ジンバブエの国立公園では草原に火を放って野焼きが行われる。

枯れ草を焼き払っていち早く新鮮な植物を復活させるためである。確かに野焼きをしたところでは一週間もすると一面が緑に覆われ始めている。隣接して枯れ草が残っているところと比べると圧倒的に新鮮な緑が多い。草食動物たちにとっては栄養豊富な植物がいち早く芽吹いて格好の採食場所になるだろう。

野焼きが鎮火するとすぐに、どこからともなく猛禽類が集まってくる。上空では熱上昇気流が激しく渦巻いているらしく、びゅんびゅんと慌ただしく曲技飛行をしている。焼け出されて舞い上がった昆虫などを狙っているのだ。昆虫を捕食する猛禽類にとっては大いなるチャンスだ。

僕はこの野焼きに取り囲まれそうになった経験が2回ある。1度目は岩山に登って撮影をしていた時のことである。その日はあちこちから野焼きの煙が上がっていた。午後になって煙がかなり近づいてきていることに気がついた。岩山の下に車を止めているが、そこへ火が徐々に迫っている。朝通ってきた道路沿いをこちらへ近づいている。反対方向の道路を見ると別の野焼きが近づいている。挟み撃ち状態である。

僕は草木のない岩山にいるので火に囲まれることはないが、車のほうが心配だ。もはや火の行く先を監視しているだけで、撮影どころではなくなっていた。最初のうちは煙で野焼きの場所がわかる程度だったのが、今では高く燃え上がる炎が時折見えるようになっている。急いで機材を片づけて岩山を下って車に戻った。とりあえず一か八か車で逃げるしかない。来た道を戻る。少し走ったところで前方から煙がどっと流れてきた。これはやばい、火は近い。車一台が通れる程度の狭い地道をUターンができるところまで慌ててバックする。しかし、反対側からも炎は近づいている。燃えさかる火のそばを通ると車に引火するかもしれない。

その時、煙の中から一台の車が走り出てきた。楽しそうにこちらに手を振っているのを見て今までの緊張が一気にほぐされた。道路を走って野焼きを通過する分にはそれほど危険はなさそうだ。気を取り直して煙の中へと入ってみた。炎は小康状態になっていて危険はなかった。

2度目は、山の林の中でブラインド(人間の姿が動物から見えないようにつくった簡易的な隠れ家)に入って動物が現れるのを待っている時だった。どこからか煙のにおいがしてきた。そのうちに煙が漂い始めたので僕はブラインドから飛び出し、まわりの様子を確かめた。炎はだいぶ迫ってきているようだ。風向きからしてまもなくこっちに来ることは間違いない。

布で作った簡単なブラインドを引きちぎるように大慌てで回収し、機材を担いで逃げ出した。心臓はどきんどきんと高鳴っている。登ってきた方向はすでに炎が来ているようだ。反対方向へ歩いて大回りして戻るしかない。麓に到着してさっきまでブラインドを張っていたところを見上げると、バリバリと音を立てて燃え始めていた。危機一髪だった!?

アフリカでは自由に山や林を歩いて撮影できるナショナルパークは数少ない。あえて歩きまわれるフィールドを探して猛禽類の撮影にチャレンジしているのだから、こうしたハプニングを避けては通れないのかもしれない。

Vol.48 アフリカ撮影記 Ver.13



後頭部の飾り羽がたくさんの羽ペンを刺しているように見える

湾曲した鉤状のくちばしを持つ顔は猛禽類であり、長い脚や全身の風貌はコウノトリのようなセクレタリーバード(Secretarybird)。

頭部の飾り羽を広げると、頭にたくさんの羽ペンを立てている昔の秘書(セクレタリー)のようなところから、この名前がついたようだ。脚が長いので背筋をピシッと伸ばして歩いているように見える。ヘビやトカゲ・小型の哺乳類などを見つけると、長い脚で叩くように踏みつけて捕食する。日本名はヘビクイワシ。ヘビを捕食する他のワシやタカは脚で握ってヘビを捕獲するが、セクレタリーバードは叩いて押しつぶすようにして捕らえる。英名同様に日本名もまたこの鳥の特徴をよく表しているが、背筋を伸ばして颯爽としている姿や羽ペンのような飾り羽を見ると、僕はセクレタリーバードという名前のほうがふさわしいと思う。

草原を歩いている姿を目撃することが多いが、上昇気流を捉えて帆翔しているのを時々見ることもある。飛んでいる姿はコウノトリの仲間にそっくりで、慣れないと識別は非常に難しい。飛んでいる姿を何度か見ているうちに、遠くからでも識別が出来るようになってきた。コウノトリの仲間であるマラブーストークが遠くを飛んでいると、僕は双眼鏡をとり出してセクレタリーバードではないかじっくりと観察するのだが、現地のガイドは肉眼で見てすぐにマラブーストークだと見分けてしまう。2km以上も離れたところを飛行しているというのに、何を識別のポイントにしているのだろう。あまりの視力の良さと識別能力の高さに最初はびっくりさせられたが、どうも確実な識別だけで言ってるのではないことが分かってきた。ガイドはマラブーやセクレタリーがよく見られる場所を知っていて、ここならばマラブーだという風に見分けていることもあるのだ。ガイドがマラブーだと言うのを僕が双眼鏡で見てセクレタリーだと主張すると、ガイドも双眼鏡で見て納得するということが時々あった。こんなに遠くのマラブーとセクレタリーを肉眼で確実に識別することは僕には出来そうにもなかったので、ガイドも間違えることがあって僕は何となくほっとしたのだった。時には間違えることがあったとしても、ナショナルパークでガイドをしている人たちの視力と識別能力の高さにはいつも感心させられる。この能力は天性のものなのだろう。ここでは、ガイドだけでなく多くの人がすばやく動物を見つけ出す力を持っている。日本人はこうした能力を失いつつあるのではないかと思えてくる。僕の場合は、すばやく動物を発見できなければ撮影チャンスを逃してしまうので、常に鍛えておかなければ…

コウノトリによく似ているセクレタリーバードであるが、ある時大空を帆翔中に突然翼をすぼめて急降下を始めた。急降下の後、翼を広げて急上昇。これを何度も繰り返す。まさにワシタカ特有の波状飛行だ。自分のテリトリーに侵入する他の個体に対してのなわばり宣言である。容姿こそコウノトリに似ているが、やはりワシタカの仲間であると再認識させられる行動であった。

Vol.47 アフリカ撮影記 Ver.12

乾いた風と乾いた大地のマトボN.P

2年ぶりにジンバブエにやって来た。空から見るアフリカの大地は相変わらず赤茶色に乾いている。

9月はまだ乾季が続いている。雨はほとんど降ることは無い。日本では雨だ台風だといっているが、ここではそんな心配はまったくしなくても良い。

日本とは季節が逆だから、今は冬から春へと移行するところだ。日毎に暑さが増している。朝は結構冷えるのでジャケットを羽織ってちょうどいいが、日中の気温は30度を超えている。こうなると午後にはモパニビーというブヨのような虫が顔や頭のまわりに何十匹と集まって飛び回る。

髪の毛の中に入り込んだり目のまわりに止まったりして、この虫が飛び回っているだけでイライラとしてどうしようもなくなってくる。虫除けの網を頭から首まですっぽり被ってみるとなかなか快適である。モパニビーは相変わらずまわりを飛び回っているが、網の中に入ってくることはない。

モパニビーから開放されたものの、網目のせいで視界がぼやけて少し見えにくい。動物を探しているというのに、これは重大な問題だ。モパニビーに気を取られて観察がおろそかになるか網でぼやけて見落とすか、どちらにしてもいい状況ではない。

結局のところ、暑い日中は動物たちの活動も少なくなっているし、僕自身も日の出前の暗い時間帯から活動しているので、午後は夕方少し涼しくなるまで休憩することにした。キャンプに戻り、この間に洗濯をする。もちろん手洗いである。いつもは夜にシャワーを浴びながら洗濯をしておくと翌日には乾いている。洗濯さえ怠らなければ、着替えは2セットあれば事足りる。

撮影機材と着替えなどを合わせるとかなりの重量になる。飛行機への持ち込み重量に制限があるので荷物は極力削ぎ落とさなければならない。機材も必要最小限にしているが、撮影できなくなっては元も子もない。切り詰めるものは衣服などの私物である。

預け荷物は43kg。残りは手荷物として持ち込む。預け荷物は通常より20kg超過できる許可をとっている。ビデオカメラ本体は手荷物として機内へ持ち込むので出来るだけコンパクトにまとめる。手荷物は全部で約17kg。

普段日本での撮影の時に40kg近い荷物を背負っていることを考えると、1ヶ月の海外取材にしては非常に少ない荷物である。
衣服は2〜3セットと寝巻きのジャージと防寒用に軽めのダウンジャケットだけである。下着以外は毎日洗うわけではないので、ズボンや上着は乾いた風に巻き上げられた細かい砂ぼこりに毎日さらされている。洗うと水が泥のように濁る。

この砂ぼこりがカメラの内部に入ると大変なことになる。細かい砂はサンドペーパーのようになって、下手に拭き取ると細かな傷がたくさん付くのだ。カメラ内部の録画ヘッドに付着して傷が付くとまともに録画できなくなってしまう。

乾燥しているため自動車や風によって巻き上げられた砂ぼこりは常にあたりに浮遊している。テープの交換時にはカセットホルダーのまわりの砂を慎重に吹き飛ばしておくことを忘れてはいけない。

これはアフリカでの撮影の基本である。

Vol.34 アフリカ撮影記 Ver.11

シャープな色彩に大きな角、気品のある姿がセーブルの魅力だ。

草食獣の中で、僕が特に気に入っているのがセーブルアンテロープである。

セーブルの雄は、光沢のある黒い体をしていて腹と顔にはっきりとした白い部分がある。この白と黒のコントラストが、引き締まった精悍さを醸し出している。一方雌は、雄より淡い黒?赤茶色をしていて白い部分とのコントラストが顕著ではなく、全体におとなしい雰囲気である。

雌雄ともに長く後方にカーブした角を持つが、形が少し違う。雄の角は雌より大きく、後方へのカーブがきつい。雌と子供は10〜30頭くらいの群れを作って生活するが、成熟してテリトリーを持った雄は、この群れの近くで単独生活する。

草食獣だが非常に気が強い。草食獣と言えば肉食獣に食べられる弱い動物だと考えがちであるが、そんなに単純なものでもない。武器を持たない人間には、十分対抗できると分かっているのだ。

セーブルは、撮影している僕との距離が縮まると明らかな拒絶反応を示す。背筋を伸ばしてこちらをにらみつけているが、時には前脚で地面を軽く蹴るようなしぐさをして威嚇する。「それ以上近づくと容赦はしないぞ」とでも言っているようだ。鋭くとがった頑丈な角にでも引っかけられたら大変な事になる。

しかし、これ以上セーブルが人間に近づき襲いかかることはないだろう。セーブルはその姿や毛皮の美しさから、人間に追われ続けてきた長い歴史があるのだ。

岩山の上でブラックイーグルを撮影をしている時に、遠くの平原にセーブルを見かけることが時々ある。気品のある姿に吸い寄せられるように見ていると、1頭だけかと思った草原からまた1頭、もう1頭と立ち上がり、母子7、8頭が姿を現した。草地に座って休息していたようだ。

頭胴長が2mもある大型のセーブルといえども、約1kmも離れた草原の中に座っているのを発見するのは困難である。セーブルが立ち上がってやっとその存在に気づいたのだ。朝の食事を終えて、ゆったりとくつろいでいたのだろう。ゆっくりと歩いて林の中へと消えて行った。

このあたりにはライオンはいない。レパード(ヒョウ)かチーターがセーブルにとって唯一の天敵なのだ。大人のセーブルであれば襲われることはめったにないが、子供は手ごろな獲物として狙われる。

レパードは、夜間に活動することが多く、昼間は樹上や岩陰などの涼しいところで休息しているのでなかなか見ることができないが、多くの目撃情報があるのでこの一帯にも少なからず生息していることは間違いない。チーターに関しては、ほとんど目撃情報がなく、個体数が極端に減少してしまったようだが、時折農場に現れて家畜を襲っていることが新聞などで報道されている。

大型肉食獣が少ないこの山地帯は、草食獣が少しゆったりと生活しているのかもしれない。しかし、この地にも密猟者が入ってくることがある。時々やって来る密猟者のほうが肉食獣よりもセーブルにとっての脅威であるのかもしれない。

様々な危険にさらされながら生き抜く野生の姿は美しい。セーブルの堂々とした姿はいつ見ても格好いい。

Vol.33 アフリカ撮影記 Ver.10

夕陽を浴びてくつろぐバブーン

ワートッグの他にも、キャンプ場に現れて人間の食糧を狙っているものがいる。バブーンだ。

体の大きさは小柄な男性くらいもあって力強そうである。数十頭の群れで行動していて、仲間同士のコミュニケーションのためか、時々ワァッウ、ワァッウと遠くまで聞こえる大きな声で吠えている。

人間の大声大会なら軽く優勝していまいそうな大声だが、声が嗄れることなく普通に吠え続けているのだからすごい。近くでこの声を聞かされるとたまったものではないが、遠くで聞こえるバブーンの声は、岩と灌木が続く風景に映えてアフリカらしい独特の良い雰囲気がある。

キャンプ場での朝、心地よい冷気に当たりながら外のテーブルで食事の準備をしていると、我々がテーブルから離れた隙にバブーンが来ていた。妻がテーブルのところへ戻った時、バブーンはちょうどテーブルの上の食物に手を出そうとしているところだった。一瞬、バブーンは驚いてひるんだが、すぐに態勢を立て直してテーブルから離れようとしない。妻の大声を聞いて僕が出て行くと、バブーンはすぐに逃げていった。

キャンプ場に出没するバブーンは、女性や子供、小柄な男性ならば慌てて逃げることはないが、僕が出て行くと追い払うまでもなく慌てて逃げていってしまうのだ。僕は、自分の気迫でバブーンが逃げていくものと思い、すっかり気を良くしていた。

ある朝、レンジャーが銃を担いでキャンプ場の見回りにやってきた。するといつものように近くをうろついていたバブーンが、まだ遠くにいるレンジャーの姿を目ざとく見つけて、すばやく逃げ去ってしまった。バブーンはレンジャーを非常に恐れているようだ。レンジャーは、ごみ箱をあさったり、人の食べ物を盗むバブーンやワートッグなどの野生動物を銃で威嚇する。バブーンは、逃げ遅れると銃で狙われることになるのをよく心得ていて、レンジャーの姿を見ると慌てて逃げだすのである。

バブーンが僕を見て一目散に逃げる謎が解けた。レンジャーのユニフォームは、モスグリーンのズボンに同色の襟つきシャツである。僕の服装も同じくモスグリーンのズボンに同色の襟つきシャツで、レンジャーと同じだったのだ。おまけに撮影機材の重量を考えて着替えなどの荷物は最小限にしていたので、ほとんど着替えることなく毎日同じ服装であった。遠目に見ると銃を肩から提げていないことを除けば、レンジャーそっくりだ。

僕は自分自身の気迫でバブーンを追い払っていると思っていただけに、少しがっかりさせられたが、僕が行くとバブーンを素早く追い払えることには違いがない。朝食の時に、テーブルの近くに僕がいるだけでバブーンは近寄ってこなかった。

近年、日本各地で起こっているニホンザルの農作物被害は、バブーンの行動と同じである。女性やお年寄りが畑にいても、サルはすぐ近くで農作物を食べているといった光景が増えている。これがエスカレートすると、人を怖れなくなったサルが、人家に侵入したり人に危害を加えるなどの重大な被害につながることもある。

野生動物は、利用できるものは何でも利用してしたたかに生きている。楽においしいものが食べられればそこにやってくる。集落や田畑で農作物に依存して暮らす動物たちの存在が、社会問題にまで発展している。

野生動物と人の間には、ある程度の棲み分けが必要だ。共にうまく生きていくために。

Vol.32 アフリカ撮影記 Ver.9

安田さんの空手チョップの後、跳んで逃げるワートッグ(Warthog)。

国立公園内を車で走ると一番よく出会う動物がワートッグ(日本名イボイノシシ)だった。

キャンプ場ではいつもまわりに何頭かが歩きまわっていた。草をさかんに食べているが、時々こちらに近づいて来るので、追い払わなければ食料を取られてしまいそうである。

ある時、同行していた友人が歩いているとワートッグが追いかけてくるので、慌てて車に戻ろうとした時に尻のあたりに噛みつかれた。ズボンの上から噛まれたが、ズボンが破れる事もなく、うっすらと血がにじむ程度で大した怪我はなかった。

その時友人は、リンゴを食べながら歩いていたらしい。ワートッグはそのリンゴを目当てに追いかけて来たのだった。動物は相手が背中を見せて逃げると、自分のほうが優位であると認識する。ワートッグは逃げる相手を見て強気になって追いかけて来たのだ。噛みついたのは人間を襲うためではなく、引き止めるためだったのだろう。

いずれにしても気を抜く事ができない相手である。

数年後、再度このキャンプ場を訪れた時、例によってすぐにワートッグが近づいて来た。追い払おうとしてもこちらの攻撃を直前でかわして逃げていき、しばらくするとまた近づいてくる。

同行していたワシ仲間の大先輩、年齢も大先輩である安田亘之さんがワートッグに一撃をくらわす事になった。安田さんの空手は相当な腕前である。野球のバットを足のすねで蹴って折ったり、瓦を何枚も重ねて割ったりとすごいパワーを秘めている。バット折りでは何十年か昔、テレビ出演もされている。

何も知らずに近づいて来るワートッグ。いつものようにかわす事ができるだろうか。安田さんは近づいて来るワートッグをじっと動かずに待っている。ワートッグの鼻先が安田さんに触れんばかりまで来た時、電光石火のごとく安田さんの空手チョップが見事にワートッグの眉間を一撃した。

鮮やかな早業だった。軽い一撃のように見えたが、ワートッグは相当にこたえた様子である。一目散に逃げて行った。その後は少し離れたところで草を食べているだけで、こちらに近づいてくる事はなかった。これで少しは人間を恐れてくれればいいのだが。

すべてのワートッグが人間に近づいてくる訳ではない。人馴れして悪さをするのは、人間が食事をするキャンプ場などで生活するワートッグだけである。食べ物ほしさにだんだんと大胆になってきているのだ。

野生動物が近くに来るとかわいいのでついつい餌をやってしまいがちになる。人間と餌とが結びついてしまうと、餌をもらうために追いかけて来たり、噛みついたりという事態にまで発展する。ワートッグは鋭い牙を持っていて一歩間違うと非常に危険だ。

野生動物はペットなどの飼育動物と違い、人間とは一線を画して付きあっていくべきものである。つかず離れず、ともに暮らしていく事が共生への道ではないだろうか。