Vol.53 アフリカ撮影記 Ver.14 野焼き

野焼きの炎は強弱を繰り返しながら燃え広がってゆく

乾期の終わり頃、ジンバブエの国立公園では草原に火を放って野焼きが行われる。

枯れ草を焼き払っていち早く新鮮な植物を復活させるためである。確かに野焼きをしたところでは一週間もすると一面が緑に覆われ始めている。隣接して枯れ草が残っているところと比べると圧倒的に新鮮な緑が多い。草食動物たちにとっては栄養豊富な植物がいち早く芽吹いて格好の採食場所になるだろう。

野焼きが鎮火するとすぐに、どこからともなく猛禽類が集まってくる。上空では熱上昇気流が激しく渦巻いているらしく、びゅんびゅんと慌ただしく曲技飛行をしている。焼け出されて舞い上がった昆虫などを狙っているのだ。昆虫を捕食する猛禽類にとっては大いなるチャンスだ。

僕はこの野焼きに取り囲まれそうになった経験が2回ある。1度目は岩山に登って撮影をしていた時のことである。その日はあちこちから野焼きの煙が上がっていた。午後になって煙がかなり近づいてきていることに気がついた。岩山の下に車を止めているが、そこへ火が徐々に迫っている。朝通ってきた道路沿いをこちらへ近づいている。反対方向の道路を見ると別の野焼きが近づいている。挟み撃ち状態である。

僕は草木のない岩山にいるので火に囲まれることはないが、車のほうが心配だ。もはや火の行く先を監視しているだけで、撮影どころではなくなっていた。最初のうちは煙で野焼きの場所がわかる程度だったのが、今では高く燃え上がる炎が時折見えるようになっている。急いで機材を片づけて岩山を下って車に戻った。とりあえず一か八か車で逃げるしかない。来た道を戻る。少し走ったところで前方から煙がどっと流れてきた。これはやばい、火は近い。車一台が通れる程度の狭い地道をUターンができるところまで慌ててバックする。しかし、反対側からも炎は近づいている。燃えさかる火のそばを通ると車に引火するかもしれない。

その時、煙の中から一台の車が走り出てきた。楽しそうにこちらに手を振っているのを見て今までの緊張が一気にほぐされた。道路を走って野焼きを通過する分にはそれほど危険はなさそうだ。気を取り直して煙の中へと入ってみた。炎は小康状態になっていて危険はなかった。

2度目は、山の林の中でブラインド(人間の姿が動物から見えないようにつくった簡易的な隠れ家)に入って動物が現れるのを待っている時だった。どこからか煙のにおいがしてきた。そのうちに煙が漂い始めたので僕はブラインドから飛び出し、まわりの様子を確かめた。炎はだいぶ迫ってきているようだ。風向きからしてまもなくこっちに来ることは間違いない。

布で作った簡単なブラインドを引きちぎるように大慌てで回収し、機材を担いで逃げ出した。心臓はどきんどきんと高鳴っている。登ってきた方向はすでに炎が来ているようだ。反対方向へ歩いて大回りして戻るしかない。麓に到着してさっきまでブラインドを張っていたところを見上げると、バリバリと音を立てて燃え始めていた。危機一髪だった!?

アフリカでは自由に山や林を歩いて撮影できるナショナルパークは数少ない。あえて歩きまわれるフィールドを探して猛禽類の撮影にチャレンジしているのだから、こうしたハプニングを避けては通れないのかもしれない。

Vol.48 アフリカ撮影記 Ver.13



後頭部の飾り羽がたくさんの羽ペンを刺しているように見える

湾曲した鉤状のくちばしを持つ顔は猛禽類であり、長い脚や全身の風貌はコウノトリのようなセクレタリーバード(Secretarybird)。

頭部の飾り羽を広げると、頭にたくさんの羽ペンを立てている昔の秘書(セクレタリー)のようなところから、この名前がついたようだ。脚が長いので背筋をピシッと伸ばして歩いているように見える。ヘビやトカゲ・小型の哺乳類などを見つけると、長い脚で叩くように踏みつけて捕食する。日本名はヘビクイワシ。ヘビを捕食する他のワシやタカは脚で握ってヘビを捕獲するが、セクレタリーバードは叩いて押しつぶすようにして捕らえる。英名同様に日本名もまたこの鳥の特徴をよく表しているが、背筋を伸ばして颯爽としている姿や羽ペンのような飾り羽を見ると、僕はセクレタリーバードという名前のほうがふさわしいと思う。

草原を歩いている姿を目撃することが多いが、上昇気流を捉えて帆翔しているのを時々見ることもある。飛んでいる姿はコウノトリの仲間にそっくりで、慣れないと識別は非常に難しい。飛んでいる姿を何度か見ているうちに、遠くからでも識別が出来るようになってきた。コウノトリの仲間であるマラブーストークが遠くを飛んでいると、僕は双眼鏡をとり出してセクレタリーバードではないかじっくりと観察するのだが、現地のガイドは肉眼で見てすぐにマラブーストークだと見分けてしまう。2km以上も離れたところを飛行しているというのに、何を識別のポイントにしているのだろう。あまりの視力の良さと識別能力の高さに最初はびっくりさせられたが、どうも確実な識別だけで言ってるのではないことが分かってきた。ガイドはマラブーやセクレタリーがよく見られる場所を知っていて、ここならばマラブーだという風に見分けていることもあるのだ。ガイドがマラブーだと言うのを僕が双眼鏡で見てセクレタリーだと主張すると、ガイドも双眼鏡で見て納得するということが時々あった。こんなに遠くのマラブーとセクレタリーを肉眼で確実に識別することは僕には出来そうにもなかったので、ガイドも間違えることがあって僕は何となくほっとしたのだった。時には間違えることがあったとしても、ナショナルパークでガイドをしている人たちの視力と識別能力の高さにはいつも感心させられる。この能力は天性のものなのだろう。ここでは、ガイドだけでなく多くの人がすばやく動物を見つけ出す力を持っている。日本人はこうした能力を失いつつあるのではないかと思えてくる。僕の場合は、すばやく動物を発見できなければ撮影チャンスを逃してしまうので、常に鍛えておかなければ…

コウノトリによく似ているセクレタリーバードであるが、ある時大空を帆翔中に突然翼をすぼめて急降下を始めた。急降下の後、翼を広げて急上昇。これを何度も繰り返す。まさにワシタカ特有の波状飛行だ。自分のテリトリーに侵入する他の個体に対してのなわばり宣言である。容姿こそコウノトリに似ているが、やはりワシタカの仲間であると再認識させられる行動であった。

Vol.47 アフリカ撮影記 Ver.12

乾いた風と乾いた大地のマトボN.P

2年ぶりにジンバブエにやって来た。空から見るアフリカの大地は相変わらず赤茶色に乾いている。

9月はまだ乾季が続いている。雨はほとんど降ることは無い。日本では雨だ台風だといっているが、ここではそんな心配はまったくしなくても良い。

日本とは季節が逆だから、今は冬から春へと移行するところだ。日毎に暑さが増している。朝は結構冷えるのでジャケットを羽織ってちょうどいいが、日中の気温は30度を超えている。こうなると午後にはモパニビーというブヨのような虫が顔や頭のまわりに何十匹と集まって飛び回る。

髪の毛の中に入り込んだり目のまわりに止まったりして、この虫が飛び回っているだけでイライラとしてどうしようもなくなってくる。虫除けの網を頭から首まですっぽり被ってみるとなかなか快適である。モパニビーは相変わらずまわりを飛び回っているが、網の中に入ってくることはない。

モパニビーから開放されたものの、網目のせいで視界がぼやけて少し見えにくい。動物を探しているというのに、これは重大な問題だ。モパニビーに気を取られて観察がおろそかになるか網でぼやけて見落とすか、どちらにしてもいい状況ではない。

結局のところ、暑い日中は動物たちの活動も少なくなっているし、僕自身も日の出前の暗い時間帯から活動しているので、午後は夕方少し涼しくなるまで休憩することにした。キャンプに戻り、この間に洗濯をする。もちろん手洗いである。いつもは夜にシャワーを浴びながら洗濯をしておくと翌日には乾いている。洗濯さえ怠らなければ、着替えは2セットあれば事足りる。

撮影機材と着替えなどを合わせるとかなりの重量になる。飛行機への持ち込み重量に制限があるので荷物は極力削ぎ落とさなければならない。機材も必要最小限にしているが、撮影できなくなっては元も子もない。切り詰めるものは衣服などの私物である。

預け荷物は43kg。残りは手荷物として持ち込む。預け荷物は通常より20kg超過できる許可をとっている。ビデオカメラ本体は手荷物として機内へ持ち込むので出来るだけコンパクトにまとめる。手荷物は全部で約17kg。

普段日本での撮影の時に40kg近い荷物を背負っていることを考えると、1ヶ月の海外取材にしては非常に少ない荷物である。
衣服は2〜3セットと寝巻きのジャージと防寒用に軽めのダウンジャケットだけである。下着以外は毎日洗うわけではないので、ズボンや上着は乾いた風に巻き上げられた細かい砂ぼこりに毎日さらされている。洗うと水が泥のように濁る。

この砂ぼこりがカメラの内部に入ると大変なことになる。細かい砂はサンドペーパーのようになって、下手に拭き取ると細かな傷がたくさん付くのだ。カメラ内部の録画ヘッドに付着して傷が付くとまともに録画できなくなってしまう。

乾燥しているため自動車や風によって巻き上げられた砂ぼこりは常にあたりに浮遊している。テープの交換時にはカセットホルダーのまわりの砂を慎重に吹き飛ばしておくことを忘れてはいけない。

これはアフリカでの撮影の基本である。

Vol.34 アフリカ撮影記 Ver.11

シャープな色彩に大きな角、気品のある姿がセーブルの魅力だ。

草食獣の中で、僕が特に気に入っているのがセーブルアンテロープである。

セーブルの雄は、光沢のある黒い体をしていて腹と顔にはっきりとした白い部分がある。この白と黒のコントラストが、引き締まった精悍さを醸し出している。一方雌は、雄より淡い黒?赤茶色をしていて白い部分とのコントラストが顕著ではなく、全体におとなしい雰囲気である。

雌雄ともに長く後方にカーブした角を持つが、形が少し違う。雄の角は雌より大きく、後方へのカーブがきつい。雌と子供は10〜30頭くらいの群れを作って生活するが、成熟してテリトリーを持った雄は、この群れの近くで単独生活する。

草食獣だが非常に気が強い。草食獣と言えば肉食獣に食べられる弱い動物だと考えがちであるが、そんなに単純なものでもない。武器を持たない人間には、十分対抗できると分かっているのだ。

セーブルは、撮影している僕との距離が縮まると明らかな拒絶反応を示す。背筋を伸ばしてこちらをにらみつけているが、時には前脚で地面を軽く蹴るようなしぐさをして威嚇する。「それ以上近づくと容赦はしないぞ」とでも言っているようだ。鋭くとがった頑丈な角にでも引っかけられたら大変な事になる。

しかし、これ以上セーブルが人間に近づき襲いかかることはないだろう。セーブルはその姿や毛皮の美しさから、人間に追われ続けてきた長い歴史があるのだ。

岩山の上でブラックイーグルを撮影をしている時に、遠くの平原にセーブルを見かけることが時々ある。気品のある姿に吸い寄せられるように見ていると、1頭だけかと思った草原からまた1頭、もう1頭と立ち上がり、母子7、8頭が姿を現した。草地に座って休息していたようだ。

頭胴長が2mもある大型のセーブルといえども、約1kmも離れた草原の中に座っているのを発見するのは困難である。セーブルが立ち上がってやっとその存在に気づいたのだ。朝の食事を終えて、ゆったりとくつろいでいたのだろう。ゆっくりと歩いて林の中へと消えて行った。

このあたりにはライオンはいない。レパード(ヒョウ)かチーターがセーブルにとって唯一の天敵なのだ。大人のセーブルであれば襲われることはめったにないが、子供は手ごろな獲物として狙われる。

レパードは、夜間に活動することが多く、昼間は樹上や岩陰などの涼しいところで休息しているのでなかなか見ることができないが、多くの目撃情報があるのでこの一帯にも少なからず生息していることは間違いない。チーターに関しては、ほとんど目撃情報がなく、個体数が極端に減少してしまったようだが、時折農場に現れて家畜を襲っていることが新聞などで報道されている。

大型肉食獣が少ないこの山地帯は、草食獣が少しゆったりと生活しているのかもしれない。しかし、この地にも密猟者が入ってくることがある。時々やって来る密猟者のほうが肉食獣よりもセーブルにとっての脅威であるのかもしれない。

様々な危険にさらされながら生き抜く野生の姿は美しい。セーブルの堂々とした姿はいつ見ても格好いい。

Vol.33 アフリカ撮影記 Ver.10

夕陽を浴びてくつろぐバブーン

ワートッグの他にも、キャンプ場に現れて人間の食糧を狙っているものがいる。バブーンだ。

体の大きさは小柄な男性くらいもあって力強そうである。数十頭の群れで行動していて、仲間同士のコミュニケーションのためか、時々ワァッウ、ワァッウと遠くまで聞こえる大きな声で吠えている。

人間の大声大会なら軽く優勝していまいそうな大声だが、声が嗄れることなく普通に吠え続けているのだからすごい。近くでこの声を聞かされるとたまったものではないが、遠くで聞こえるバブーンの声は、岩と灌木が続く風景に映えてアフリカらしい独特の良い雰囲気がある。

キャンプ場での朝、心地よい冷気に当たりながら外のテーブルで食事の準備をしていると、我々がテーブルから離れた隙にバブーンが来ていた。妻がテーブルのところへ戻った時、バブーンはちょうどテーブルの上の食物に手を出そうとしているところだった。一瞬、バブーンは驚いてひるんだが、すぐに態勢を立て直してテーブルから離れようとしない。妻の大声を聞いて僕が出て行くと、バブーンはすぐに逃げていった。

キャンプ場に出没するバブーンは、女性や子供、小柄な男性ならば慌てて逃げることはないが、僕が出て行くと追い払うまでもなく慌てて逃げていってしまうのだ。僕は、自分の気迫でバブーンが逃げていくものと思い、すっかり気を良くしていた。

ある朝、レンジャーが銃を担いでキャンプ場の見回りにやってきた。するといつものように近くをうろついていたバブーンが、まだ遠くにいるレンジャーの姿を目ざとく見つけて、すばやく逃げ去ってしまった。バブーンはレンジャーを非常に恐れているようだ。レンジャーは、ごみ箱をあさったり、人の食べ物を盗むバブーンやワートッグなどの野生動物を銃で威嚇する。バブーンは、逃げ遅れると銃で狙われることになるのをよく心得ていて、レンジャーの姿を見ると慌てて逃げだすのである。

バブーンが僕を見て一目散に逃げる謎が解けた。レンジャーのユニフォームは、モスグリーンのズボンに同色の襟つきシャツである。僕の服装も同じくモスグリーンのズボンに同色の襟つきシャツで、レンジャーと同じだったのだ。おまけに撮影機材の重量を考えて着替えなどの荷物は最小限にしていたので、ほとんど着替えることなく毎日同じ服装であった。遠目に見ると銃を肩から提げていないことを除けば、レンジャーそっくりだ。

僕は自分自身の気迫でバブーンを追い払っていると思っていただけに、少しがっかりさせられたが、僕が行くとバブーンを素早く追い払えることには違いがない。朝食の時に、テーブルの近くに僕がいるだけでバブーンは近寄ってこなかった。

近年、日本各地で起こっているニホンザルの農作物被害は、バブーンの行動と同じである。女性やお年寄りが畑にいても、サルはすぐ近くで農作物を食べているといった光景が増えている。これがエスカレートすると、人を怖れなくなったサルが、人家に侵入したり人に危害を加えるなどの重大な被害につながることもある。

野生動物は、利用できるものは何でも利用してしたたかに生きている。楽においしいものが食べられればそこにやってくる。集落や田畑で農作物に依存して暮らす動物たちの存在が、社会問題にまで発展している。

野生動物と人の間には、ある程度の棲み分けが必要だ。共にうまく生きていくために。

Vol.32 アフリカ撮影記 Ver.9

安田さんの空手チョップの後、跳んで逃げるワートッグ(Warthog)。

国立公園内を車で走ると一番よく出会う動物がワートッグ(日本名イボイノシシ)だった。

キャンプ場ではいつもまわりに何頭かが歩きまわっていた。草をさかんに食べているが、時々こちらに近づいて来るので、追い払わなければ食料を取られてしまいそうである。

ある時、同行していた友人が歩いているとワートッグが追いかけてくるので、慌てて車に戻ろうとした時に尻のあたりに噛みつかれた。ズボンの上から噛まれたが、ズボンが破れる事もなく、うっすらと血がにじむ程度で大した怪我はなかった。

その時友人は、リンゴを食べながら歩いていたらしい。ワートッグはそのリンゴを目当てに追いかけて来たのだった。動物は相手が背中を見せて逃げると、自分のほうが優位であると認識する。ワートッグは逃げる相手を見て強気になって追いかけて来たのだ。噛みついたのは人間を襲うためではなく、引き止めるためだったのだろう。

いずれにしても気を抜く事ができない相手である。

数年後、再度このキャンプ場を訪れた時、例によってすぐにワートッグが近づいて来た。追い払おうとしてもこちらの攻撃を直前でかわして逃げていき、しばらくするとまた近づいてくる。

同行していたワシ仲間の大先輩、年齢も大先輩である安田亘之さんがワートッグに一撃をくらわす事になった。安田さんの空手は相当な腕前である。野球のバットを足のすねで蹴って折ったり、瓦を何枚も重ねて割ったりとすごいパワーを秘めている。バット折りでは何十年か昔、テレビ出演もされている。

何も知らずに近づいて来るワートッグ。いつものようにかわす事ができるだろうか。安田さんは近づいて来るワートッグをじっと動かずに待っている。ワートッグの鼻先が安田さんに触れんばかりまで来た時、電光石火のごとく安田さんの空手チョップが見事にワートッグの眉間を一撃した。

鮮やかな早業だった。軽い一撃のように見えたが、ワートッグは相当にこたえた様子である。一目散に逃げて行った。その後は少し離れたところで草を食べているだけで、こちらに近づいてくる事はなかった。これで少しは人間を恐れてくれればいいのだが。

すべてのワートッグが人間に近づいてくる訳ではない。人馴れして悪さをするのは、人間が食事をするキャンプ場などで生活するワートッグだけである。食べ物ほしさにだんだんと大胆になってきているのだ。

野生動物が近くに来るとかわいいのでついつい餌をやってしまいがちになる。人間と餌とが結びついてしまうと、餌をもらうために追いかけて来たり、噛みついたりという事態にまで発展する。ワートッグは鋭い牙を持っていて一歩間違うと非常に危険だ。

野生動物はペットなどの飼育動物と違い、人間とは一線を画して付きあっていくべきものである。つかず離れず、ともに暮らしていく事が共生への道ではないだろうか。

Vol.31 アフリカ撮影記 Ver.8

草原で採食するシロサイ。普段はおとなしく人を襲うことはほとんどない。

シロサイは丸々とした巨体を持ちながら、いかにも軽そうに駆け足で走る。

体を上下左右にはほとんど動かさずに、猛然と突き進んでくる走りのせいで軽やかに見える。がっしりとした4本の足で2トンもある体を支えている。上下左右に揺れると足にかかる荷重は相当なものになってしまい、支えきれなくなるだろう。この巨大な体をうまく操り、時速40kmものスピードで走ることができる。体当たりでもされたら何メートルも吹っ飛んでしまいそうだ。

シロサイはおとなしそうに見えるが、近づきすぎると非常に危険である。撮影中にサイが向かってきたら、近くにある木に登って逃げようと目論んでいたので、僕は常にまわりの木をチェックしていた。シロサイに本気で体当たりされたら折れてしまうくらいの細い木が多かったが、他に逃げ込むところも無いので細くても木に頼るしかないのだ。

シロサイは幅広く平らな口をしていて、地上に生えている草を効率良く食べられるようになっている。特に人間を恐れている様子も無く、僕の存在など気にもかけていないかのようにゆったりと草を食べている。しかし、気に障るようなことをして怒らせては大変だ。

撮影する時も急激な動きはせずにゆっくりと行動する。それでも時々、シロサイは食べるのをやめて、顔を上げてこちらの様子をうかがっている。近づいてくる人間にシロサイも緊張しているが、それ以上に僕も緊張させられる瞬間である。

シロサイが次にどういう行動に出るか、見極めなければならない。こちらに向かって来るならば、僕は目標の木までシロサイよりも先にたどり着かなければならないのだ。

シロサイが再度草を食べ始めると僕の緊張も少しは和らぐ。この繰り返しがしばらく続くとシロサイの緊張もだんだんほぐれて、僕の行動をうかがうこともほとんど無くなってくる。僕が危害を加えないことを認識してくれたのだ。

近くから見るとあらためてシロサイの巨大さが実感できた。肩の高さは僕の背丈もあり、張り裂けんばかりの胴体の太さや角の大きさなど、とても素手では太刀打ちできない。

シロサイは、密猟によって非常に数が減っている。角が漢方薬や短剣の柄として高く取引されている。保護区内であっても密猟が後を絶たず、ほとんどいなくなってしまったところもある。ジンバブエでは、密猟の取り締まりを強化するとともに、シロサイが増えつつある地域からシロサイを運んで来て再導入を実施している。密猟さえ防ぐことができればシロサイが生きていく環境は整っている。うまくこの地に根付いていってほしいものだ。

シマウマやインパラの群れがいる草原に1頭のシロサイが現れると、僕の目はシロサイに釘付けになってしまう。シロサイには強烈な存在感がある。

Vol.30 アフリカ撮影記 Ver.7

シロサイの糞を割って見せてくれるパトリック

キャンプでの生活は、非常に快適なものであった。ロッジは掃除が行き届き気持ちが良いし、ここの人たちはいつもやさしい笑顔で挨拶を交わしてくれるので安心して滞在ができる。

食料やガソリンが手に入りにくいジンバブエで三食と送迎が付いている。早朝に車で撮影地の近くまで行く。そこからガイドのパトリックが昼食を持ち、我々は機材を持って撮影場所までの登山である。

パトリックは優秀なインタープリターである。野生動物はもちろんのこと、植物やブッシュマン・岩やケーブのことなど、この地域のあらゆるものについて豊富な知識と経験を持っている。しかし今回、我々のガイドをするのはいつもとは勝手が違っていたであろう。

いつもならばパトリックが知っている場所にお客を案内して回るのだが、今回は我々が行くところへ付いてきてもらった。撮影場所では静かにして目立たないようにしながら夕方まで待機である。普通の人なら退屈しそうなものだが、パトリックはいやな顔ひとつしていない。それどころか、そこから野生動物を探して小声で我々に教えてくれたり、ブラックイーグルの動きを追跡して必要な時に教えてくれたりと、非常に楽しそうに過ごしている。パトリックは根っからの自然好きなのだ。野外での一日の過ごし方を心得ている。

ガイドが時間を持て余してしまって、我々が気を使わなければならなくなるのではないかという当初の不安は無くなった。一日中同じ地点から動かない撮影に、我々と同じ気持ちで付きあえるガイドは少ないだろう。

撮影が順調に進み少し余裕ができると、周辺地域の野生動物や何ペアものブラックイーグルの繁殖状況を見て回った。こうなるとパトリックの出番だ。ブッシュの陰に潜むシマウマやヌー・クドゥー・エランドなどを、車を走らせながらも一瞬のうちに見つけ出してしまう。

すばらしい視力だ。しかしながら、僕も負けてはいられない。野生動物を見る目には自信がある。パトリックが動物を見つけた時は、僕が「オーすごい」と唸り、僕が見つけた時には、パトリックが「オーすごい」と唸る。お互いに意識しながら動物探しが続く。

パトリックは時々車を止めて、地面に着いた動物の足跡を調べている。砂地に着いた足跡から、動物の種類やいつごろ通ったものかなどの詳細な情報を読み取っている。動物の糞をひとつひとつ手に取って、解説してくれる。シロサイとクロサイの糞の外観は似ているが、内容物で見分けることができるらしい。シロサイは草本植物を食べているので糞の中は柔らかい繊維だけであるが、クロサイは木の葉を食べるために堅い木の枝が糞の中に含まれている。

見せてもらったクロサイの糞の中には細い木の枝がたくさん入っていた。

僕が数年前に最初にジンバブエを訪れた時に見つけた、20巣以上のブラックイーグルの巣も一緒に見てまわり繁殖状況をチェックした。昨年繁殖に成功したペアの多くが今年は繁殖していない。繁殖成功率は50%前後であろうと想像された。

野生動物がたくさんいて、ブラックイーグルの獲物となるダッシーもたくさんいるこの地においても、逃げ足の速い獲物を捕獲することは非常に難しいようである。ブラックイーグルが、ヒナを育てている巣に運んでくる獲物の量に余裕はない。

Vol.29 アフリカ撮影記 Ver.6

ケーブの壁に描かれたブッシュマンの絵

翌年も季節を変えて再度ジンバブエに向かう予定であったが、ジンバブエはイギリスの経済制裁などによって政情が悪化していた。

食料やガソリンが不足して暴動も起こっているとの情報があり、外務省も渡航自粛を呼びかけていた。ジンバブエに入っても自由に撮影をすることはほとんど不可能と思われた。

我々は政情の回復を待った。しかし、2年待っても状況は変わらない。3年目に再度挑戦することにした。相変わらず政情は良くないが、少しは落ち着いてきたようである。食料とガソリン不足は変わらず、我々が正規のルートでこれらを入手することは難しい。

食事付きで撮影地までの送迎が可能な、私設のサファリキャンプに滞在して撮影を継続することになった。

ジンバブエの空港に到着し、緊張しながら空港を出る。ガイドのパトリックが迎えに来てくれている。がっちりとした体格で明るく感じの良い笑顔に、我々の緊張は一気にほぐされた。

荷物を積み込んでキャンプへ向かう。町の中は、3年前に来た時より人通りが少なくなって活気がない。土産物や食料品など、露店のほとんどが無くなっている。やはりガソリンは不足しているらしく、ガソリンスタンドは閉まっている。1軒だけ開いているスタンドには、何百メートルも車の列ができているが、店員が給油をしている様子はない。パトリックに聞くと、燃料が無くなって今日の販売は終了しているらしい。並んでいる車は、明日入荷される燃料を待っているのだという。

町を抜けると、そこは以前と変わらぬ風景である。もともと、荒野が続き、所々に放牧された牛がいて、時々歩いている人間に会う程度なので、ほとんど変わりようもないのだ。

数十キロ走って、車は一本道の幹線道路を外れてキャンプへと続くダートコースへ入った。キャンプのシンボルマークであるフクロウを描いた看板のあるゲートに着いた。ここから先はキャンプの私有地である。有刺鉄線と木の枝で作った柵が続いている。ジンバブエでは、私有地や国立公園の境界は、こうした手作りの柵で囲まれている。

草原や森林地帯を抜けてしばらく走った岩山の上にキャンプはあった。岩山の上に大きな岩が重なり合うように乗ってケーブを作っている。かつて遠い昔、このケーブはブッシュマンが利用して雨風をしのいでいたものだ。土で作った直径80cm、高さ120cmほどの、臼のようなフードストッカーが今も残っている。

この地域には、ブッシュマンが暮らした同じようなケーブが点在する。彼らは、定住せずに野生動物を狩りながら移動生活をしていた。多くのケーブには、ブッシュマンが描いた壁画が残っている。その絵は野生動物と人間を描いたものが多い。動物の特徴をうまくとらえたすばらしい絵である。使われている赤い絵の具は、土や草の汁、動物の血や卵など何十種類もの材料を混ぜ合わせて作られているらしい。数千年から1万年程前に描かれたものが、現在も鮮明に残っているのだ。

見渡すかぎり人工物が見えない景色は、有史以来変わっていないだろう。今、僕はブッシュマンが見たのと同じ景色を眺め、撮影のために野生動物を探している。野生動物の行動を読み、狩りをしていた彼らに親近感を持った。

Vol.28 アフリカ撮影記 Ver.5

岩の上で遊ぶダッシー(Dassie)の子供

ブラックイーグルが棲む岩山で、最もよく目にする動物はダッシー(別名ハイラックス)である。

ダッシーは、体長40〜60cm、体重2〜5kgで、ブラックイーグルにとってちょうど手ごろな獲物である。ジンバブエのブラックイーグルは、獲物のほとんどをこのダッシーに依存している。

ブラックイーグルのテリトリーの至る所で、ダッシーの小さな群れが岩の上で休んだり、走り回ったりしている。食うものと食われるものがお互いの姿を目にしながら暮らしている。ブラックイーグルはダッシーの動きを監視し、狩りのチャンスを狙っている。ダッシーは危険が迫ると岩のすき間に素早く逃げ込んで難を逃れる。常に緊迫した状況にあるはずだが、僕にはダッシーが緊張してビクビクしながら暮らしているようにはまったく見えない。むしろブラックイーグルをからかっているようにさえ思えてくるのだ。

夜間は、気温が10℃以下に下がるため、ダッシーは朝になると岩の上に出てきて、日光浴を始める。岩の上にたたずみ、全身に太陽の光を浴びている。体が温まったダッシーは、大胆にも全身を伸ばし、まったくの無防備な体勢で岩の上に横たわる。中には、ブラックイーグルが真上を旋回していても、この無防備な体勢を崩さないダッシーもいる。

ブラックイーグルは、岩に止まってあるいは上空を飛翔しながら、遠くからダッシーの動きを監視している。ブラックイーグルがスピードを上げ、接近してきた時に初めて、くつろいでいるように見えたダッシーの群れは、警戒の声を上げて一気に岩のすき間へ逃げ込んでしまう。無防備に眠っているように見える体勢の時、まわりへの警戒は最大になっているのかもしれない。ブラックイーグルもそのことを心得ているのか、日光浴をしているダッシーを遠くから見ているだけである。

どんな時にブラックイーグルには狩りのチャンスがやって来るのだろうか。実は、ダッシーが岩の上でのんびり過ごしていてその姿がよく見える時ではなく、比較的目に付きにくいのだが、木の上や地上に降りて採食している時が、まわりへの警戒が手薄になっている時である。また、採食地へ移動中に逃げ込む隠れ場所が無い場合もチャンスである。

ブラックイーグルはじっくりとダッシーの行動を観察し、狩りのチャンスが来るのをひたすら待っている。やがて油断している一匹に狙いを定めたブラックイーグルが静かに飛び立ち、一直線にダッシーに向かう。しかし、襲いかかる直前に気づかれたり、まわりにいる他のダッシーの警戒声で気づいて逃げられたりと、狩りの成功率は低い。

非常に多くのダッシー(獲物)のいる岩山に暮らしているブラックイーグルは、獲物には事欠かないと考えていたが、それほど単純なものではないようだ。

日本のイヌワシでは、ノウサギなどの獲物が減少したために、食物不足で繁殖成功率が低下している。日本のイヌワシは、獲物が見つからないために厳しい生息状況が続いている。

ジンバブエのブラックイーグルは、たくさんの獲物を目の前にしながら手を出せずに厳しい生活をしている。どちらもなかなか厳しい状況である。