雪解けとともにシカが山頂まで戻って来た

この冬は雪が少なかったので、伊吹山は山頂部まで雪がない。積雪がある冬の間、ニホンジカは雪の少ない低標高地へ下りている。春になって、雪解けを追いかけるように山頂へと戻って来る。今年は例年より1ヶ月近くも早く山頂部へ戻って来た。

ニホンジカによる食害が取り沙汰されるようになって久しいが、伊吹山でも十数年前からニホンジカの姿が頻繁に目につくようになった。それまではシカを見ることはかなり難しかった。今では山に登って最初に発見するのがシカである。
シカがあまりに増えて畑の作物の食害や植林木の樹皮はぎ・お花畑の衰退など、人間との軋轢も大きくなっている。伊吹山のお花畑も花が少なくなり、裸地化しているところが点在するようになった。

これら軋轢は、人間と野生動物の共有地を独占的に使おうとする人間側の勝手な言い分ではあるが、人間が農業を始めた昔から続いているのだ。防護して棲み分けたり動物の数を少し減らしたりしながら、共に暮らしていかなければならない。野生動物がいなくなってはつまらない。



ニホンジカの耳は集音マイクよりすごい

撮影地に到着してまもなく、足元の崖の下からニホンジカ数頭が警戒声を出して逃げて行った。僕がザックを降ろして機材を準備する音で気づかれてしまった。いつもできるだけ音を立てないようにしているのだが、わずかな物音でも近くにいるシカには気づかれてしまう。シカは無茶苦茶耳がいい。かすかな足音や物音には非常に敏感だ。しかし、同じ場所から聞こえる人間の声やくしゃみをそれほど気にしないのは不思議である。足音は危険だが、声はそれほど危険ではないとなぜか判断しているようだ。

ツキノワグマとニホンジカのニアミス

今日は朝から獣の姿が見当たらない。いつもならあちらこちらでニホンジカが採食しているのだが…
8時過ぎになって僕から80mほどのところにツキノワグマが現れた。僕がいることには気付いていない。そのうちに僕の臭いを感じて一瞬顔を少しだけこっちへ向けた。それでもクマは動揺することなく悠々と歩いて僕の視界から消えた。
朝からシカの姿が見えなかったのは、近くにクマがいたから姿を隠していたのかもしれない。子連れの場合はなおさらだ。クマが視界から消えてしばらくしてから、ニホンジカがぽつぽつと現れ始めた。採食したり座って休息したりとくつろいでいる。
15時頃に、今度は少し小振りな3〜4歳のクマが現れた。アリの巣を見つけては石をひっくり返してアリを食べている。移動しながら次々とアリの巣を襲っている。近辺にいるシカは早くからクマに気付いてクマの動きをチェックしている。クマが雄ジカの近くにきた時、雄ジカは立ち上がり少しバックしてクマと距離をおく。雄ジカはクマから目を離さないが、遠くへ一目散に逃げることもしない。クマとの距離が縮まるとまた少し後ろへ下がる。クマのほうはシカにはまったく興味を示していない。アリの巣を探して歩きまわっているだけだ。この状況でシカの成獣に襲いかかったところで軽くいなされてしまうだけだ。
今度は1歳の雄ジカとその母親のいる近くを通った。やはり30mほどの距離になるとシカの母子は少し移動してクマとの距離を保つ。クマのほうはせっせとアリの巣を探しながら斜面を登って行く。下方の沢に小さな2歳のクマが現れ、同じようにアリの巣を探しながら斜面を登って行った。
これら2頭のクマが見えなくなった頃、尾根近くで雄ジカが首を伸ばして警戒体制をとっている。その視線の先には大きなクマがいた。クマが近づくと雄ジカは後ろへ下がる。やがて雄ジカは尾根裏へと消えた。
今日はクマとシカのニアミスが何度もあった。しかし、シカの成獣を襲うことはかなり難しいだろう。特に今日のようにクマが斜面の下にいたのでは襲いかかることはまったく出来ない。もしシカの成獣を捕えるとしたら、クマは斜面の上側にいてシカがクマに気付かずにかなり近くまで来ることが必要だ。シカのほうもそのことは十分に心得ていて、30m程度の距離があれば逃げ切れると確信しているようだ。



クマの接近に少しずつ後退するシカ

廃屋に集まるニホンジカ

このところ鬱陶しい梅雨空が続き、山へ入れなくてうずうずとしている。あのカモシカはどうしているだろうか?とか、あのキツネは、などと考えているといらいらとしてしまう。
雨の合間に自動撮影カメラのカードを交換する。このカメラは集落のはずれにある廃屋に設置してある。4月末頃からニホンジカが頻繁にやって来るようになった。それまでも1〜2頭が時々訪れていたが、シカは近年かなり増加しているからもっと出て来てもいいのではと思える程度だった。それが5月に入って多い時には一度に8頭もビデオに映っている。それらが何度もここにやって来るものだから記録用のカードが毎回一晩で満杯になってしまう。それも映っているのはシカばかりである。以前出現していたキツネやタヌキ・アナグマ・テンなどはまったく姿を現さなくなった。
シカがこの廃屋を訪れるのは何のためだろうか?シカの目的は、この廃屋に残された漬物桶だった。この家が放置されてから10年以上経っているから桶の中には何も残っていない。シカたちは桶にしみ込んだ塩分を求めてやって来ているのだ。ミネラル分も残っているのかもしれない。桶は艶が出るほどきれいになっている。シカは桶の下の土まで食べている。
ここに来るシカの数は、6月になって減少してきているが、一晩で記録カードが満杯になるのはいまだ変わってはいない。



廃屋に集まり漬物桶を舐める