雛は孵化後62日、全身が黒い羽毛に覆われた。
遠目には親ワシと同じくらい大きくなったように見える。しかし、巣立ちまではあと20日、7月の第1週のうちに巣立つだろう。早くて6月末だ。
雛は巣の端の灌木の上に乗って、時々首を伸ばして巣の外の景色を見ている。活動的で巣立つことに積極的な様子だ。十分育っているのになかなか巣から飛び出せない個体も時々いる。
今年はドライブウェイの一部のエリア(イヌワシにとって重要な場所)にフェンスを設置して人の立ち入りを無くしたので、イヌワシは巣の見張りと獲物探しの両方ができるその場所を存分に利用している。それが功を奏して獲物は頻繁に巣に運び込まれて、雛の栄養状態は良好だ。
母ワシも朝から巣を離れて獲物を探している。もちろん雛の状況は常にどこかからチェックしている。
10:40に雄ワシが獲物を持って巣に入った。獲物はヤマドリではないかと思われたが、遠いので種の判別は正確にはできない。雄ワシは巣に獲物を放り投げると逃げるように飛び出した。近くの木に止まり、いつもの雄叫びをあげていたかもしれないが、鳴いていたとしても遠くて聞こえはしない。
12:40に雌ワシが巣に戻って雛に給餌をした。その時に雛は元気よく羽ばたき練習をしていた。
13:36に雌ワシが巣の近くにいるツキノワグマを見つけ、クマのすぐ上をかすめて威嚇した。クマは岩の上で寝ていてイヌワシには気づかなかったようだった。
13:40に雄ワシが脚でクマの背中に一撃を喰らわした。これにはクマも驚いたようで慌てて立ち上がり、歩いて林の中へと姿を消した。
1時間半後に再びクマが現れ、同じ岩の上に座った。林の中から今年生まれの子グマが現れて母グマのところへ駆け寄った。クマがここに執着していたのは幼い子グマがそこにいたからだ。イヌワシの巣から50mほどの所でクマも子育てしていたのだ。
18:30頃になって、母グマは子グマを連れてゆっくりと採食しながら移動し始めた。イヌワシの巣からはやや遠ざかったものの、当分はこの辺りにいるだろう。
イヌワシの雛がクマに襲われないか心配だ。僕はこれまでにクマがイヌワシの巣に登って雛を食べてしまったのを2回目撃している。いずれも伊吹山のイヌワシペアの巣だ。
イヌワシの威嚇攻撃は母グマにはほとんど効果はないだろう。しかし、子グマを置き去りにしてイヌワシの巣の崖に登るのはクマにもリスクがある。イヌワシがその間に子グマを襲う可能性がある。実際にイヌワシが子グマを襲ったのが目撃されている。
母グマはこのリスクを考えて、子グマを置き去りにして崖を登ってまでイヌワシの雛を狙わないのかもしれない(そうあってほしい)。
クマは2頭の子どもを産むことが多いが、この母グマは1頭しか子グマを連れていない。もしかしたらすでにイヌワシにさらわれてしまったということもあり得るのでは…
「クマさん、あなたがイヌワシの雛1羽を食べなくても食糧に困ることはないでしょうから、数少ないイヌワシの雛を見逃してください」と祈るしかない。この近くにはこの母子以外にもクマは何頭もいる。
16:34、雌ワシが巣に戻った。そして16:45に巣の中の古い獲物の残骸を持って巣から出た。付近を旋回したあと、残骸を持ったまま巣に戻った。古い残骸を捨てに行ったのだと思ったが持ち帰るとは。5月30日にも同様の行動があった。
数分後、また同じ残骸を持って巣から出た。今度は数百メートル離れたところに捨てた。古い獲物は臭いがきつくなるので、巣から離れた場所に捨てたほうがいい。クマや肉食動物を引きつけないためにも。
18:58、日の入り時刻間近になって雌ワシが巣に戻って来た。雛はもう保温する必要はないが、夜には雌ワシが一緒にいる。
イヌワシペアはクマを警戒しながら毎日を過ごしている。まだ当分この状況が続くだろう。