Vol.9 イヌワシ: 獲物

ニホンカモシカの死体を食べる

イヌワシが狩りの対象とする動物は多種類におよぶ。小さなものではネズミから大きなものはキツネやニホンカモシカの幼獣までも獲物として捕食する。

哺乳類ではノウサギ、鳥類ではヤマドリ、爬虫類ではアオダイショウが圧倒的に多い。その他には、テンやニホンイタチ・アナグマ・ニホンリス・タヌキ・キジ・キジバト・ハシボソガラス・ツグミ・カケス・シマヘビ・マムシなど20種類以上の動物が獲物となる。

爬虫類は冬眠するために冬期の獲物にはならないが、夏期の重要な獲物となっている。4月の下旬になると冬眠から覚めたヘビが姿を見せ始める。ヘビの出現と同時に、ノウサギやヤマドリが主体であった獲物が、一転してヘビに代わる。

葉が展葉して獲物が見つけにくくなるちょうどその時期に、個体数が多く捕まえやすいヘビが出現すると、5月以降の獲物は、ほとんどがヘビになる。しかし、ヘビが餌量に占める割合が高いペアほど、繁殖率が低くなる傾向があるように僕は感じている。繁殖状況の良いペアでは、夏期もノウサギやヤマドリを捕っている。

ノウサギやヤマドリが減少した影響で、これらに代わる獲物としてヘビの捕食率が高まっているのではないだろうか。

5月はニホンカモシカの出産の時期でもある。生まれて間もないカモシカの幼獣がイヌワシの獲物となることがある。母親のカモシカが子供のそばについていればイヌワシも襲うことはできないだろう。イヌワシはほんのわずかな隙を狙ってカモシカの子供を襲っているのではないだろうか。イヌワシが自分と同じかそれ以上もある大きさのカモシカの子供を足につかんで飛翔する姿を見たときには、そのずば抜けた飛翔力に驚くとともに感動した。上空から高度を下げながら滑翔し、ヒナの待つ巣へと運んでいった。

また、冬の積雪や凍結により、崖から足を滑らせて転落したカモシカの死体もイヌワシの餌となっている。大きな獲物はペアで何日もかけて食べる。しかし、この獲物を狙っているのはイヌワシだけではない。夜になるとキツネやテンなどがやって来て屍肉をあさる。イヌワシに残された量はそれほど多くはないのだ。

こうしたカモシカの死体を調べると、転落死したものばかりではなく、密猟されてその場で解体された残がいであることも少なくない。北海道でオオワシ・オジロワシが、銃弾で撃たれたエゾシカの死体を食べて鉛中毒を起こすことが問題になっているが、イヌワシでもその危険性が十分に考えられる。

イヌワシの繁殖成功率は年々低下している。獲物となる野生動物の生息数が少ないのだ。それをカバーするためにいろんな種類の動物を獲物とし、その時々で利用しやすい獲物をうまく利用しながらイヌワシは生きている。