Vol.50 クマタカ:幼鳥独り立ちの季節



幼鳥は翼を少し下げて飛行する。成鳥に比べて全身がかなり白い。

今冬は雪が少なく、かなり暖かかった。2月はもう春のような気候だった。

例年よりも早くいろんな花が咲き始めたが、こういう年は必ずといっていいほど「寒の戻り」がある。例に漏れず今冬も3月12日前後に寒波がやって来た。我家のまわりは今頃になってこの冬一番の積雪となった。咲き始めた花は60cmの雪の下に埋まってしまった。しかし、一時的な寒さはあるものの、季節の歩みは確実に平年よりも早く進んでいるようだ。

では、動物の世界はどうであろうか。厳冬期の1月には巣造りを開始するクマタカは、今年のような暖冬の年でも、何故か産卵はむしろ遅くなることが多いようなのだ。近畿地方では、早い年には3月上旬に産卵する。しかし、今年は3月の後半に産卵するペアが多くなるのではないだろうか。

親クマタカは、巣造りをして産卵の準備を始めていると言うのに、前年生まれの幼鳥はまだ親から獲物をもらっている。親クマタカを見つけるとピーヨピーヨと大きな声で激しく鳴いて獲物をねだる。こんなに騒がしい幼鳥にまとわりつかれては、獲物となる動物が逃げてしまい、親クマタカの狩りにも支障をきたすだろう。親クマタカは、上手く幼鳥を振り切って狩りに出かける。一人前に飛行しているように見える幼鳥だが、親の飛行と比べるとまだまだ技術不足である。幼鳥がもたもたしている間に、親クマタカはさっさと高度を上げて遠くへ出かけてしまう。幼鳥は遠くへ行くことに不安があるらしく、少し離れたところまで行くとまた戻ってくる。

3月になって幼鳥の姿を見かけることが少なくなってきた。少しずつ遠くまで出かけるようになって活動範囲が広がってきている。もうそろそろ親から離れて独り立ちしなければならない時期だ。雌親は産卵を控えて巣の周辺で過ごすことが多くなり、狩りに出かけるのはほとんど雄親だけになっている。雄は、獲物を雌へプレゼントするので、幼鳥に獲物がまわってくる機会は減っている。幼鳥は自分で獲物を捜しに出かけなくてはならなくなっているのだ。

幼鳥の姿をほとんど見かけなくなった3月の中頃、親クマタカがノウサギの残骸を運んで巣の近くのマツに止まった。両親ともに腹いっぱい食べたあと、残りを運んで来たのだ。トビやカラスが近くを飛ぶと、両翼で獲物を覆い隠して守っている。幼鳥のために運んで来たのか、それとも自分の腹が空くのを待っているのか…

4時間が経った頃、獲物の脇に立っている親クマタカが身構えた。幼鳥が勢いよく獲物めがけて飛び込んできた、と同時に親クマタカは身をかわすように飛び立った。姿を現すことはほとんど無くなっていた幼鳥だが、獲物を持っている親クマタカを目ざとく見つけて近づいて来たのだ。幼鳥にとって生きた獲物を捕獲するのは並大抵のことではないので、背に腹は代えられない思いで親クマタカから獲物を奪い取ったのだろう。

Vol.49 ツキノワグマ:人里への出没2006年



時々クーマと啼きながらギンナンを食べる母子グマ

昨年の秋は、全国各地でツキノワグマが人家付近に大出没した。有害獣として捕獲された数は4,500頭を超え、その9割が殺された。

大型獣であるツキノワグマは生息数が少ない上に、2〜3年に1回、2頭くらいの子供を産む程度のゆっくりとした繁殖である。1年という短期間に4,500頭近い大量捕殺は、クマの個体群に大打撃を与えてしまったのではないだろうか。

クマの生息地が分断され、生息数が減少しているために多くの地域で狩猟禁止や自粛が実施されているというのに、有害獣駆除による大量捕殺はほんとうにクマを絶滅させてしまう危険性がある。昨年の有害の捕殺数は、狩猟の捕獲数とは比べものにならないほど多い。

有害獣駆除はほとんどの場合檻を使う。クマの大好物で誘引して捕獲するこの方法は、被害を起こしているクマ起こしていないクマにかかわらず、まわりにいるすべてのクマを無差別に捕獲してしまう可能性が高い。このように好物によって誘い出すような無差別的な捕獲が大量捕殺へと繋がっている可能性も否定できない。有害獣駆除の際の檻の使用には、このような危険性があることを十分に認識して、長期間の檻設置を避け、被害を起こしているクマとそうでないクマの識別をして対処しなければいけない。そうでなければ有害獣駆除とは言えない。

また、一律に狩猟禁止にするのではなく、地域によっては個体数コントロールの役割を担う適正な狩猟を取り入れ、一時期に大量捕殺されるようなことがないように早急に対策が必要である。

クマが棲んでいるはずもない街の中にまでクマが現れて大騒ぎになっていた。しかし、山間部の集落では毎晩普通に目撃されている。

我家のまわりでも母子グマと単独のクマが出没していた。10月の中旬頃、人家の庭にある柿の木に登って柿を食べる。11月に入って柿を食べ終えると、今度は神社などにあるイチョウの木のまわりに現れ、ギンナンを食べ始めた。ここには毎夜母子グマと単独グマが現れた。母グマと単独グマは、お互いにけん制し合っているようだった。少し距離をあけてお互いに緊張している。時折林の向こうで追いかけ合っているガサガサという音が聞こえてくることもあった。

イチョウの木の下には、ギンナンを集めやすいようにブルーシートが敷き詰められている。クマたちは、木に登ってギンナンを食べたりこのブルーシートの上に落ちているのを拾ったりしている。母子グマはどちらからともなく啼き合っている。クマの語源がその啼き声からだとする説があるが、まさしくクーマ、クーマと啼いている。

イチョウの木の下に残された糞には、ギンナンがほぼそのまま出てきているのが多くあった。この糞を見ていると何のためにギンナンを食べているのかと首をかしげたくなってしまう。

人とクマが共存していくためには、ある程度の距離が必要である。人とクマは同じ場所で手と手を取り合って暮らすことは出来ない。農作物被害や人身被害が日常的に起こり、有害獣として駆除されてしまうだろう。

そのためにもクマとは少し距離を置き、我々人間は強くて恐ろしいものだということをクマに示しておかなければならないだろう。そして、集落の外や奥山には、クマがある程度自由に暮らせる食物豊かな落葉広葉樹の林を残していく必要がある。

Vol.48 アフリカ撮影記 Ver.13



後頭部の飾り羽がたくさんの羽ペンを刺しているように見える

湾曲した鉤状のくちばしを持つ顔は猛禽類であり、長い脚や全身の風貌はコウノトリのようなセクレタリーバード(Secretarybird)。

頭部の飾り羽を広げると、頭にたくさんの羽ペンを立てている昔の秘書(セクレタリー)のようなところから、この名前がついたようだ。脚が長いので背筋をピシッと伸ばして歩いているように見える。ヘビやトカゲ・小型の哺乳類などを見つけると、長い脚で叩くように踏みつけて捕食する。日本名はヘビクイワシ。ヘビを捕食する他のワシやタカは脚で握ってヘビを捕獲するが、セクレタリーバードは叩いて押しつぶすようにして捕らえる。英名同様に日本名もまたこの鳥の特徴をよく表しているが、背筋を伸ばして颯爽としている姿や羽ペンのような飾り羽を見ると、僕はセクレタリーバードという名前のほうがふさわしいと思う。

草原を歩いている姿を目撃することが多いが、上昇気流を捉えて帆翔しているのを時々見ることもある。飛んでいる姿はコウノトリの仲間にそっくりで、慣れないと識別は非常に難しい。飛んでいる姿を何度か見ているうちに、遠くからでも識別が出来るようになってきた。コウノトリの仲間であるマラブーストークが遠くを飛んでいると、僕は双眼鏡をとり出してセクレタリーバードではないかじっくりと観察するのだが、現地のガイドは肉眼で見てすぐにマラブーストークだと見分けてしまう。2km以上も離れたところを飛行しているというのに、何を識別のポイントにしているのだろう。あまりの視力の良さと識別能力の高さに最初はびっくりさせられたが、どうも確実な識別だけで言ってるのではないことが分かってきた。ガイドはマラブーやセクレタリーがよく見られる場所を知っていて、ここならばマラブーだという風に見分けていることもあるのだ。ガイドがマラブーだと言うのを僕が双眼鏡で見てセクレタリーだと主張すると、ガイドも双眼鏡で見て納得するということが時々あった。こんなに遠くのマラブーとセクレタリーを肉眼で確実に識別することは僕には出来そうにもなかったので、ガイドも間違えることがあって僕は何となくほっとしたのだった。時には間違えることがあったとしても、ナショナルパークでガイドをしている人たちの視力と識別能力の高さにはいつも感心させられる。この能力は天性のものなのだろう。ここでは、ガイドだけでなく多くの人がすばやく動物を見つけ出す力を持っている。日本人はこうした能力を失いつつあるのではないかと思えてくる。僕の場合は、すばやく動物を発見できなければ撮影チャンスを逃してしまうので、常に鍛えておかなければ…

コウノトリによく似ているセクレタリーバードであるが、ある時大空を帆翔中に突然翼をすぼめて急降下を始めた。急降下の後、翼を広げて急上昇。これを何度も繰り返す。まさにワシタカ特有の波状飛行だ。自分のテリトリーに侵入する他の個体に対してのなわばり宣言である。容姿こそコウノトリに似ているが、やはりワシタカの仲間であると再認識させられる行動であった。

Vol.47 アフリカ撮影記 Ver.12

乾いた風と乾いた大地のマトボN.P

2年ぶりにジンバブエにやって来た。空から見るアフリカの大地は相変わらず赤茶色に乾いている。

9月はまだ乾季が続いている。雨はほとんど降ることは無い。日本では雨だ台風だといっているが、ここではそんな心配はまったくしなくても良い。

日本とは季節が逆だから、今は冬から春へと移行するところだ。日毎に暑さが増している。朝は結構冷えるのでジャケットを羽織ってちょうどいいが、日中の気温は30度を超えている。こうなると午後にはモパニビーというブヨのような虫が顔や頭のまわりに何十匹と集まって飛び回る。

髪の毛の中に入り込んだり目のまわりに止まったりして、この虫が飛び回っているだけでイライラとしてどうしようもなくなってくる。虫除けの網を頭から首まですっぽり被ってみるとなかなか快適である。モパニビーは相変わらずまわりを飛び回っているが、網の中に入ってくることはない。

モパニビーから開放されたものの、網目のせいで視界がぼやけて少し見えにくい。動物を探しているというのに、これは重大な問題だ。モパニビーに気を取られて観察がおろそかになるか網でぼやけて見落とすか、どちらにしてもいい状況ではない。

結局のところ、暑い日中は動物たちの活動も少なくなっているし、僕自身も日の出前の暗い時間帯から活動しているので、午後は夕方少し涼しくなるまで休憩することにした。キャンプに戻り、この間に洗濯をする。もちろん手洗いである。いつもは夜にシャワーを浴びながら洗濯をしておくと翌日には乾いている。洗濯さえ怠らなければ、着替えは2セットあれば事足りる。

撮影機材と着替えなどを合わせるとかなりの重量になる。飛行機への持ち込み重量に制限があるので荷物は極力削ぎ落とさなければならない。機材も必要最小限にしているが、撮影できなくなっては元も子もない。切り詰めるものは衣服などの私物である。

預け荷物は43kg。残りは手荷物として持ち込む。預け荷物は通常より20kg超過できる許可をとっている。ビデオカメラ本体は手荷物として機内へ持ち込むので出来るだけコンパクトにまとめる。手荷物は全部で約17kg。

普段日本での撮影の時に40kg近い荷物を背負っていることを考えると、1ヶ月の海外取材にしては非常に少ない荷物である。
衣服は2〜3セットと寝巻きのジャージと防寒用に軽めのダウンジャケットだけである。下着以外は毎日洗うわけではないので、ズボンや上着は乾いた風に巻き上げられた細かい砂ぼこりに毎日さらされている。洗うと水が泥のように濁る。

この砂ぼこりがカメラの内部に入ると大変なことになる。細かい砂はサンドペーパーのようになって、下手に拭き取ると細かな傷がたくさん付くのだ。カメラ内部の録画ヘッドに付着して傷が付くとまともに録画できなくなってしまう。

乾燥しているため自動車や風によって巻き上げられた砂ぼこりは常にあたりに浮遊している。テープの交換時にはカセットホルダーのまわりの砂を慎重に吹き飛ばしておくことを忘れてはいけない。

これはアフリカでの撮影の基本である。

Vol.46 キセキレイ

獲物をくわえて雛のいる巣へ運ぶ

細身の体に長い尾、黄色い腹のキセキレイは、美しくて気品がある。

渓流沿いを飛び回ったり忙しく走り回ったりしながら小さな虫などを捕らえて食べる。俊敏な動きで飛んでいるカゲロウをフライングキャッチする様は見事である。

車で林道を走っていると、小さな虫を何匹もくわえて林道上を歩いているキセキレイをよく見かける。巣で待つ雛に食物を運んでいるのだ。巣は石垣や岩のすき間の奥まったところに造る。4月のある日、僕の住む集落内にある道路で、餌をくわえたキセキレイが行き来しているのを見つけた。車を少しバックさせて観察していると、キセキレイは道脇の石垣に飛び移り、石と石のすき間へ入っていった。

キセキレイが飛び去った後、そのすき間をのぞき込むと枯れ草で造られた小さな巣に雛がぎゅうぎゅう詰めに入っているのが見える。人間の接近を警戒して雛たちは低い姿勢のまま動かない。ここに巣があると分かっていなければ、僕がこのすき間をのぞき込んだとしても間違いなく巣を見落としてしまうだろう。巣と雛は完璧に石垣に同化している。

ここを通るたびに車から巣をのぞき込むと、雛が順調に育っているのが見える。3日ほど経って石垣の草が茶色く枯れた。除草剤が撒かれのだ。田舎では春から夏にかけていろんな農薬が散布される。農薬は、草を枯らしたり虫を殺したりして、それらを食べる鳥や動物の体内に取り込まれる。農薬に含まれる環境ホルモンは、動物に悪影響を及ぼすと考えられている。これは食物連鎖のつながりで人間にも影響してくるものなのである。

薬剤で雛がやられていないか心配だ。石垣をのぞき込むと、雛は無事であった。巣は少し奥まったところにあるので除草剤の直撃を免れたのだろう。周囲の草が無くなったことで巣はよく見えるようになった。

数日後、雛が忽然といなくなった。巣立つにはまだ早すぎる。カラスかネコに見つかって食べられてしまった可能性が高い。巣がよく見えるようになったのが災いしてしまったのかもしれない。ここから直線距離で300mほど離れた自動車整備工場では、車のエンジン部に巣を作ったセグロセキレイがいた。この車は卵のある巣を載せたまま70km離れた陸運局まで何度か往復していたにもかかわらず雛は孵化した。雛はしばらくの間順調に育っていたが、カラスに襲われてしまった。

鳥たちの子育てはこうした捕食者によって失敗させられることが多い。枯木の穴の中で子育てをしていたゴジュウカラがカケスに襲われたのを見た。捕食者であるカケスも何者かに襲われて雛がいなくなったことがある。食物連鎖の頂点に立つ猛禽類でさえもクマやヘビに雛が食べらることもある。

僕がよく行き来する林道のいつも同じところで石垣に営巣したのとは別のキセキレイによく出会う。近くに巣があるのだろうが毎回通過するだけで巣を探したことはない。7月の中ごろ、いつものようにこの林道を走っていると、車の前に尾羽が伸び切っていない巣立ち間もないキセキレイの幼鳥が現れた。ここでは無事に雛が育っていた。繁殖成功する確率が高くはない鳥たちだが、こうして運良く生き延びるものがいるから種が存続しているのである。

Vol.45 カワウ:生息数と魚の関係

コロニーから一斉に飛び立つカワウ

琵琶湖に浮かぶ竹生島。カワウの活動は夜明けを待ちかねていたかのように始まる。

星の瞬く夜空が少しずつ白み始めると、カワウはねぐらから採食地を目指して次々と飛び立っていく。第一陣は空を透かしてかろうじてその姿が確認できる程度の明るさになると出発する。

最初は1羽2羽と少数が飛び出していくだけであるが、明るくなるにつれてその数は一気に増えていく。最初の個体が出て行ってから30分とたたないうちに、10分間に6,000羽を超える大集団となって一斉に飛び立っていく。ピークは20〜30分間ほどで終わり、急激にその数は減少する。

出て行くカワウの減少とは反対に、今度は帰ってくるカワウが徐々に増えてくる。朝一番に向かった採食地で魚を捕らえて「そのう」にため込み、巣で待つヒナに運んでくるのだ。出動のピークから1時間ほどで帰りのピークがやって来る。魚を十分に捕ることができた個体から順次帰ってくるので、出動の時のような大集団とはならず、数十〜百羽程度の小群である。それでもピーク時には10分間で2,000羽を超える。

カワウは口から溢れんばかりに魚を詰め込んで帰ってくる。中には魚の尻尾が口からはみ出しているものもいる。これらの魚を吐き戻してヒナに与えるのである。

琵琶湖に棲む3万羽以上ものカワウが捕らえる魚は莫大な数に違いない。しかしながら、カワウはすべての魚を捕り尽くしてしまうわけではない。魚全体の数からすると、カワウが食べる割合は意外に小さい。カワウの捕食量が稚魚の誕生を上回って一方的に多くなると魚は減っていくことになる。食物が減るとカワウの生息状況に大きな影響を及ぼし、やがてカワウも減少することになる。今のところそのような大きな減少がカワウに見られていない。

カワウが食べる魚の数は、魚全体からするとわずかであるとは言え、養魚池化しつつある琵琶湖やその周辺の川で魚を捕るのであるから、漁業被害の問題は避けて通れない。人間が魚を放流すればするほど、カワウの食物も増えることになる。カワウが増加し漁業被害もさらに増える。

カワウによる漁業被害をゼロにすることはカワウを全滅させることになってしまう。カワウもこの地球の自然環境を構成している生物の中の一種なのである。仮にカワウがいなくなったとしても、漁業被害がなくなるわけではないのだ。外来魚であるブラックバスは天敵のカワウがいなくなると増加して、アユなどの魚をさらにたくさん食べることになる可能性がある。魚を食べる生物は他にもたくさんいる。これらの生物がカワウの分まで魚を食べて増えるかもしれない。いろんなものが相互に関連しあって自然界は成り立っている。これは我々人間の想像力をはるかに越えている。

川や湖という自然の恵みを利用した漁業では、我々は謙虚に「野生動物による被害をどこまで認めるか」について考えた上で被害防除に取り組まなければならないのかもしれない。

Vol.44 カワウ:環境への適応力「地上営巣」

地上巣・樹上巣に関係なくのびのびと育つヒナ

カワウの過密な営巣によって竹生島のほとんどの樹木が枯れ始めている。

カワウの巣の下では、糞によって植物や地上が真っ白になっている。葉が糞に覆われて光合成ができなくなったり、土壌中の成分の変化などによって樹木が枯れると考えられている。島の北部では、すでに樹木が無くなって草原状になっている部分が目立つ。かろうじて残っている樹木も、枯木であるか葉をほとんどつけていない立ち枯れ寸前となっている。森が残っているのは、観光客が訪れる寺や神社の周辺だけである。

カワウは人間の活動エリアを避けて営巣しているのは明らかである。しかし、営巣する樹木が少なくなってきた現在、これまで営巣していなかった社寺近くの林にまで徐々に進入し始めている。強い生命力に勢いづいているカワウは、人間の活動エリアまで占領するような勢いである。

本来カワウは樹の上に巣を作りヒナを育てる。しかし、樹木が減った竹生島で繁殖を継続するために、カワウは樹木のないところでは地上に巣を作り始めた。樹上に営巣するカワウが、地上での営巣に挑戦したのだ。

地上での子育ては卵やヒナにとって非常に危険である。いろんな動物に食べられてしまう危険がある。しかし、竹生島は琵琶湖に浮かぶ島であるため、天敵となる動物は陸地に比べると非常に少ない。この島でカワウの天敵となるのは、卵やヒナを食べるヘビとカラス、ヒナを狙うトビくらいだ。琵琶湖周辺の陸地では、これらの動物以外にタヌキ・キツネ・テン・イタチ・ハクビシン・アライグマ・イヌ・ネコなど、何倍もの天敵が生息している。

竹生島には天敵が少ないので、地上で子育てをするには好都合だ。年々樹木が減り、地上営巣が増えている。しかし、地上に巣を作る時でも、まったく樹木がない場所はあまり好まない。枯木でもいいから少しでも立木がある場所にたくさんの地上営巣が見られる。開けた場所は他の動物から見つかりやすいので、少しでも巣の上を覆うものがあると安心できるのかもしれない。

樹上の巣でも地上の巣でも、カワウのヒナたちは順調に育っている。地上と樹上のヒナの育ち具合に差はないように見える。ヒナよりも親鳥のほうが、地上営巣の不安によるストレスは大きいだろう。樹上営巣する鳥が地上に営巣することは、ものすごい冒険である。竹生島から樹木がすっかりなくなってしまった時には、カワウは地上に巣を作って不安な生活をするよりも、樹木のある他の地域へ繁殖地を移動することを選択するだろう。

それにしてもカワウ自身が選んだ繁殖地を、自分たちの糞によって破壊してしまうとは、理解しがたい生態である。

樹木が枯死しカワウが出て行った後、大量の糞は土壌を肥やし、植物の生育を促す素晴らしい肥料となる。何十年か後に再びカワウが戻ってきた時、繁殖地となり得る森がここに復元しているだろう。

カワウは、そこまで計算に入れて今日まで脈々と生き続けてきたのかもしれない。

Vol.43 カワウ:琵琶湖で激増

巣は樹木の枝の至る所に作られている

近年、イヌワシやクマタカなどの猛禽類が自然環境の悪化とともに減少しているとは逆に、個体数が増加している鳥類がいる。

全身真っ黒な水鳥、カワウがその一つである。カワウの生息地である河川や湖沼の状態が、以前と比べて良くなっているわけではないけれども、滋賀県のようにカワウが急激に増えている地域が多くなった。

昨年、滋賀県の琵琶湖では、3万5千羽の生息が確認されている。2万羽以上のカワウが集団で繁殖する竹生島は、日本全国でダントツに個体数が多い最大の繁殖地である。早朝、群れが一斉に採食場所へ飛び立つ様子は、空一面が真っ黒になると言っても過言ではない。カワウは、魚が集まる場所を目指して次々と飛び去っていく。早朝には琵琶湖へ流れ込む河川の河口に向かうことが多い。日中には、大集団が魚を捕りながら湖上を移動しているのもよく目にする。

野生動物が増加するためには十分な餌量が確保できることが前提である。カワウが異常なほどに個体数を増やしたのは、餌となる魚の生息状況に変化が起きている可能性が高い。釣りのために河川に大量に放流される養殖魚は警戒心が弱くカワウに捕獲されやすい。琵琶湖ではブラックバスやブルーギルなどの外来魚が増殖している。漁業形態の変化や河川環境の変化もまた、カワウが魚を捕りやすい状況を作り出している。梁漁や堰堤などでせき止められた場所では、魚の行き来が遮られてたまり場となりやすく、カワウにとって絶好の餌場となっている。人間の活動がカワウの異常な増加の一役を担っていることは間違いないであろう。

営巣の状態もまたすさまじいものがある。一本の木に20〜30個もの巣が架けられていることも珍しくない。超過密状態である。隣り合った巣では、首を伸ばせば隣の巣まで届いてしまうほどの密集ぶりだ。上の巣から落ちてきた糞を、下の巣にいるカワウが頭からかぶりながらも平気な顔をして卵を抱いている。

巣の下を歩くときは要注意だ。タイミングが悪いと液状の糞が頭上から降ってくる。さらにゲロ爆弾なるものも投下される。これは、カワウのヒナの仕業である。親からもらって食べた魚を口から吐き戻して落とすのだ。半分消化しかかった何匹ものどろどろの魚の塊であるから、これが付着すると臭くてたまらないし、高いところから落ちてくるから当たり所が悪いとかなり痛い。

ヒナの様子を見ていると、明らかに巣に接近する人間を狙ってゲロ爆弾を投下していることが分かる。人間を巣の近くから退散させるのが狙いだ。カワウの狙いどおり、大した目的がなければすぐさま逃げ帰るところであるが、我々にはカワウの現状を調査し、撮影するという任務がある。このまま逃げ帰るわけにもいかない。常に自分が歩くルート上にある巣の中のヒナの様子を見ながら突き進むしかない。ヒナが大きな口を開けて爆弾を投下しそうになると、こちらは直前で立ち止まって爆弾をかわす。ヒナがお尻を巣の外に向けて糞をしそうになると、こちらは慌ててその場を走り去る。

すべてを避けて通ることは難しい。帰る頃には体中にすっかり臭いが染み付いている。人間の感覚はよくしたもので、自分では臭いが気にならなくなる。しかし、すれ違った人は鼻がひん曲がるほど臭かったに違いない。

Vol.42 ヤマドリ

長い尾羽を持つ雄ヤマドリ

ヤマドリの雄は、全身が赤茶色で非常に長い尾羽を持っている。一方、雌は淡い茶色で尾羽は短い。落ち葉が積もる林床では、雌雄ともに目立たない保護色になっている。

彼らもそのことを十分に認識していて、人が近づいてきても保護色を信じて動かずにやり過ごそうとする。身の危険を感じるほどまでに人が近づくと、ヤマドリは一気に地上を蹴って大きな羽音とともに飛び立って逃げていく。山の中を歩いていると、突然目の前から激しい羽音を立てて逃げていくヤマドリに出くわすことがある。予期しない出会いに、こちらが飛び上がるほど驚かされることが多い。

ヤマドリは、ドラミングと呼ばれる羽音を立てることがある。地上に立ったまま背伸びをするように伸び上がり、翼を羽ばたかせてドドドドッとドラムをたたくような音を出す。ヤマドリの姿を見る機会は少ないが、林の奥からこのドラミングが聞こえてくると、ヤマドリが近くにいることがわかるのだ。山登りをする人なら、このドラミングを聞いたことがあるのではないだろうか。

沢沿いの山の斜面から、聞きなれないピュイ・ピョー・ピーといった声を複雑に組み合わせた美しい鳴声が聞こえてきたことがある。ニホンザルの群れのコミュニケーションのような声にも聞こえる。耳を澄まして声のする方向をたどると、鳴いているヤマドリの姿を発見した。小鳥たちもにぎやかにさえずる早春のことであったので、ヤマドリも繁殖を控えてさえずっていたのだろう。ヤマドリがこのような声を出すことは図鑑にも書かれていないし、聞いたことのある人も少ないと思う。

ヤマドリは、イヌワシやクマタカなどの大型猛禽類に獲物として狙われている。しかし、イヌワシがヤマドリに襲いかかる場面を何度も目撃したが、狩りに成功したのを見たことがない。ノウサギのように地上にいる哺乳類を捕獲する場面は時々目撃できることから、ヤマドリは逃げ足が速く捕獲が困難であることがわかる。それでもイヌワシは、雛のいる巣へヤマドリを度々運んでくる。

ヤマドリは林の中や林縁部の地上で採食しながら過ごしていることが多い。イヌワシは、1km以上も離れた場所から鋭い視力でヤマドリを見つけ出し、一直線にスピードを上げながら襲ってくる。脚を突き出し、ヤマドリにつかみ掛かった瞬間、一瞬早くイヌワシの脚元からヤマドリが飛び出してくる。イヌワシはペアで狩りをすることが多い。間一髪で逃げ出したヤマドリに対して、もう1羽のイヌワシがすかさず急降下攻撃する。ヤマドリも負けてはいない。持ち前の瞬発力でこれをかわして、弾丸のように沢を下っていく。ヤマドリの後方数メートルにイヌワシがピタリとついて飛行する。どちらも互角のスピードだ。ヤマドリが小さな尾根を回り込んで林の中に消えると、イヌワシは、ヤマドリを見失ってしまった。ヤマドリが何とか逃げ切ったのだ。

喰うもの食われるもの、どちらも生死をかけた戦いなのだ。ヤマドリは逃げ出す準備が早すぎると、その行動をイヌワシに読まれてしまう。間一髪ですり抜けることが最良の逃げ方だとヤマドリは知っている。

Vol.41 ハクビシン:外来種の分布拡大

午前3時22分、自動撮影カメラの前を通過するハクビシン。

「ハクビシン」。聞き慣れない名前の哺乳類である。漢字で書くと「白鼻心」。

名前のとおり額から鼻筋にかけて、よく目立つ白い線があるのが特徴である。赤外線センサーを利用した自動撮影カメラには、夜間にだけその姿が撮影される。ハクビシンは、ほぼ完全な夜行性であると思われる。

夜間に強力ライトで照らしながら野生動物を探して歩いていると、樹上にハクビシンの姿を見つけることがある。長い尾と、しなやかな体で上手くバランスをとりながらすいすいと登っていく。低木に登っているところに出くわして、ハクビシンが逃げ場を失ってじっと樹上で固まってしまったことがあった。僕の頭上2mほどのところで、どうする術も無く丸くなってこちらを見下ろしている。しばらく観察するが動く様子もない。結局、僕のほうが退散することにした。

夜間、野生動物の姿を見るのは難しいが、ライトで照らすと2つの眼が光を反射して遠くからでも動物がいることがわかる。姿や形は見えないが、とにかく光を反射した眼だけが動き回っている。ライトに照らされたハクビシンの眼は、青白く輝いている。一方、遠目には姿形がハクビシンと似ているタヌキの眼は、オレンジ色を帯びて輝いて見える。

眼の動きを追いながら夜の動物観察を続けるうちに、ライトに反射する眼の色、行動の仕方(眼の動き)、地上からの眼の高さなどによって、キツネやタヌキやアナグマなどとハクビシンを見分けることができるようになった。そう言えば、アフリカのパークレンジャーもライトに反射する眼の光だけで遠くにいる動物の種類を素早く見分ける。彼らも長年の経験で、眼からいろんな情報を読み取っているに違いない。彼らの観察眼と動物的な直感のすごさにはいつも感心させられる。

ハクビシンは、東南アジア・中国・台湾に分布していて、もともと日本に生息していた動物ではない。毛皮用などの目的で人為的に持ち込まれた外来種である。その後、逃げ出したり捨てられたりしたものが急速に分布を拡大させて個体数を増やしている。滋賀県内に設置した自動撮影カメラには、ハクビシンがたびたび記録される。ネズミ類を除けば、タヌキ、アナグマに続いて3番目に多く、親子連れも撮影されていることから、日本の環境に適応して定着しつつあることがうかがえる。車にはねられたハクビシンの死体を道路上で見かけることも多くなった。

外来種が定着すると、様々な問題が起こる。中でも在来種に与えるインパクトは深刻だ。日本に生息している在来種と持ち込まれた外来種の間で競合が起こり、在来種の生息状況を大きく変えてしまう怖れがある。場合によっては、在来種を絶滅へと追いやってしまう可能性もある。ハクビシンは木登りが上手く、鳥の卵や雛なども食べるので、小鳥にとって脅威となる。また、果実を好んで食べることから農業被害も起こっている。外来種の進出によって、今後新たな問題が次々と浮かび上がってくるだろう。