Vol.20 クマタカ:幼鳥の一日

獲物の出現と親の帰りを待つ幼鳥

クマタカのヒナが巣立ちするのは、近畿地方では7月の中旬頃である。巣立ちを境にヒナから幼鳥へと呼び名が変わるが、まだまだ一人で生活できるわけではない。

生きた獲物を捕まえることができるようになるには相当な訓練期間が必要だ。狩りに挑戦するが、成功することはほとんどない。近くに現れる小鳥に首を伸ばして狙いを定め、襲いかかっては失敗を繰り返している。動きの素早い小鳥は幼鳥の手には負えない。獲物を捕獲できるようになるのは半年ほど先のことであろう。それまでは親が運んでくる獲物を頼りに生活している。

幼鳥は日増しに飛翔力をつけて付近を飛び回るようになるが、遠くまで出かけて行くことはしない。遠くに離れてしまっては、親クマタカが獲物を運んできても幼鳥を見つけられない。クマタカは森林内で狩りをしたり休息したりしているので、親クマタカと幼鳥がお互いを探し出すためには、ある程度限られた範囲で幼鳥が行動している必要がある。

獲物を運んで来た親クマタカは、まず巣の近くで幼鳥の姿を探す。巣立ち直後は、親クマタカはダイレクトに空の巣へ獲物を運ぶ。この時期幼鳥は巣から数10 mしか離れずに生活しているので、親クマタカが獲物を持ち帰ったのを見つけて慌てて巣へと戻ってくる。

2、3ヶ月経って幼鳥が数100 mの範囲を行動するようになると、親クマタカは巣の周辺が見渡せる場所に止まって、フィーと細く高い声で鳴きながら幼鳥に獲物を持ち帰ったことを知らせる。林の中にいる幼鳥がこの声を聞きつけ、ピィーヨ・ピィーヨと鳴きながら飛び出してきてお互いが接近し、林の中に入って獲物の受け渡しが行われる。幼鳥がいつもの場所から離れている時などは、親クマタカと幼鳥がお互いを見つけるまでに相当な時間がかかることもある。

巣立ち後3ヶ月が過ぎた秋、親クマタカは獲物を持ったまま幼鳥を呼び続けるが反応がない。転々と止まり場所を変えて呼び続けても同じである。そのうち親クマタカがしびれを切らし、持っている獲物を少しずつ食べ始めた。幼鳥が受け取るはずであった獲物がだんだんと小さくなっていく。幼鳥はその日の食事にありつくことはできなかった。親クマタカが食べ終えて、飛び去るのを見てようやく幼鳥が姿を現した。ピィーヨ・ピィーヨと鳴き叫んでみても、もうあとの祭りである。

幼鳥の一日は、自分で獲物が捕獲できるように狩りの訓練をすることと、親クマタカが獲物を持ち帰るのを見逃さないようにすること、この2つが主な仕事である。まだ自分で十分な獲物を捕れない幼鳥にとっては、どちらも非常に大切なことである。

巣立ちから半年が経つ頃には、親クマタカは次の繁殖に入るために幼鳥を追い出すようになる。狩りの仕方を十分に得とくできたかどうかがこれからの幼鳥の生死にかかわってくる。まだ頼りない狩りの様子の幼鳥が親のもとから旅立っていく。

Vol.19 クマタカ:狩りの戦術

吹雪の中で獲物を待つ

人間を含めた生物にとって、生きるために重要なものはやはり衣食住であろう。

クマタカは、自前の高級な羽毛を身に付けているから衣の問題はない。食物の量は、生死や繁殖に直接影響する。住み家(営巣環境)が無くなればその地域から姿を消すことになる。食物や営巣環境は、自然に存在するものであって、自ら作り出すものではない。それが人間と野生動物との大きな違いの一つである。

クマタカは、限られた自然環境の中で何とか生き抜いている。獲物となるノウサギやリス・テン・ヤマドリなども近年では生息数が減少し、食物を得るのが大変である。クマタカの狩りの方法は、木の枝に止まって獲物が現れるのを待つ、待ち伏せ型を多く使っている。この方法は、森の国の日本では、かなり有効な方法であるといえる。飛行しながら獲物を探すこともあるが、森林地帯では林床の見通しが悪くあまり効率が良くないのだ。

いずれにしても、獲物はたやすく手に入るわけではないので、生活のほとんどすべての時間を狩りのために費やしている。気持ちよさそうに帆翔している時も、ゆったりと木に止まっている時も、常にその目は獲物を探し続けている。一日中休みなく探し続けても獲物が見つからない日も多い。獲物が捕獲できた時には、満腹以上に食いだめする。獲物がない日には、次の獲物にありつくまで何日も空腹で過ごす。一週間以上も獲物が捕れないこともあるのだ。

ある日、尾根にある大木に止まり、獲物を探すクマタカを見かけた。かれこれもう2時間以上も止まり続けている。夕やみが迫りあたりが薄暗くなり始めた頃、それまで垂直に立っていた姿勢が水平姿勢になり、首を伸ばして何かを凝視している。明らかにその目に獲物を捉えている。獲物となる相手は何か、僕にはまだ見えない。獲物は速いスピードで動いているらしく、クマタカの視線が移動している。20秒ほどの緊迫した状況は非常に長い時間であったように感じられた。

クマタカは、ついにフワッと飛び立ち、翼を半分閉じたまま急降下でスピードを上げている。クマタカの前方に数羽のハトが僕の目に飛び込んできた。クマタカは、前方から来たハトが通り過ぎるのを待って飛び立ち、後方から追いかける戦法をとった。クマタカはハトとの距離をグングンと詰めていった。クマタカがハトに襲いかかった瞬間、暗くなり始めた山の斜面に紛れて見えなくなってしまった。数秒後、数羽のハトが尾根を越えて飛び去るのが見えたが、狩りが成功したかどうか知る術はなかった。

クマタカの獲物は非常にバラエティに富んでいる。小さなものではスズメくらいの小鳥から、大きなものではキツネの幼獣まで様々である。体長70〜80cmもある大型のクマタカが、10cmそこそこの小鳥やネズミまで捕食する敏捷さには驚かされる。

ハトを襲った時に見られたように、クマタカは狩りのための戦術を駆使して、様々な獲物に挑んでいるようだ。獲物となる野生動物が減少している現在では、昔ほど頻繁に獲物を見つけることはできないだろう。クマタカは、様々な動物を獲物とし、狩りの腕を磨くことで、厳しい状況を生き抜いている。

Vol.18 クマタカ:子育て

生後約40日経って黒い羽毛が生え始めたヒナと雌クマタカ

小鳥たちがにぎやかにさえずり始め、春の訪れを告げている。

渓流ではミソサザイが、小さな体からは想像もつかないくらい大きな透き通った声で盛んにさえずっている。岩に張り付いた巣材となるコケをくちばしで集めては運んでいる。渓流沿いのえぐられた土手に巣が作られていた。小鳥たちもいよいよ繁殖シーズンを迎えている。

クマタカは、小鳥たちよりひと足早く、3月の上旬から中旬に産卵する。しかし、今年は僕が観察しているペアの中には、今のところ産卵しているペアがいない。今年の滋賀県湖北地方は異常に雪の少ない冬だった。人は過ごしやすい冬だったというが、繁殖が思わしくない今年の状況からすると、クマタカにとっていつもと違う気候というのは過ごしにくいものなのかもしれない。

例年だと4月の中・下旬には純白の綿毛に包まれたかわいいヒナが誕生する。猛禽類のヒナは、白い綿毛に覆われているものが多いが、クマタカのヒナはその中でも一二を争うくらいかわいい姿をしている。全身が純白で、黒く引き締まったくちばしとまんまるい黒い瞳がなんともかわいいのだ。

クマタカはアカマツなどの大木に直径1mほどもある大きな巣を作る。何年にもわたって同じ巣を利用するために、毎年少しずつ巣材が積み重ねられて巣の厚みが増していく。これまでに僕が見た一番大きな巣では、高さが1.7mに達するものがあった。何十年も使い続けられてきたことは確かである。

巣が架けられているアカマツも立派な大木だったが、それ以上にこの巣は見ごたえのあるものだった。30年も前の話である。当時中学生だった僕は、そんな貴重な巣だとは夢にも思わず、写真の一枚も残っていない。残念ながら現在ではもう跡形も無くなっている。その後、50巣以上のクマタカの巣を発見したが、こんなに大きな巣を見たことはない。

何十年も同じ巣を使い続けられるということは、そこの自然環境がとても安定したものであったということだ。最近では、うすっぺらな巣で繁殖したり、たびたび巣場所を変えるペアが少なくない。これから先、1.7mを越える厚さの巣にお目にかかることはできるだろうか。かなり難しそうだ。いつかそんな巨大な巣に出会えたなら、天然記念物に指定してでも残したいものだ。

クマタカは卵を1個産んで1羽のヒナを大切に育てる。雌クマタカはヒナが生後1ヶ月くらいになるまでは巣から遠く離れず、ヒナを保温したり外敵から守っている。その間は雄クマタカが運んでくる獲物だけが頼りだ。

ヒナが生後1ヶ月になる頃には、日ごとに食欲おう盛になるヒナの食欲を満たすために、雌クマタカも少しずつ狩りに出かけるようになる。1羽で残されたヒナは、まわりに潜む危険におびえることもなく、元気に羽ばたきの練習をしたり昼寝をしたりして親の帰りを待っている。

すくすくと育つヒナの姿を今年は観察することが出来るだろうか。少し遅れてでも産卵してくれることを期待している。

Vol.17 ミサゴ:魚食のタカ

水辺の枯木に止まって魚を狙う

ミサゴは、海や川、湖などの上空を飛び回り、水面近くを泳ぐ魚を専門に捕えて食べる。

魚相手とはいえ狩りは豪快だ。魚を見つけると上空から翼をすぼめて急降下。脚を突き出し、バシャッという派手な水しぶきをあげて水中へ突っ込む。深く潜るわけではないが、一瞬、体全体が水中へ消えてから水面に浮かび上がる。狩りが成功していれば脚に魚をつかんでいる。

大きな魚を捕まえて水面から飛び立つのに苦労している姿を目撃することがある。40cm以上もある魚を捕えたときには、しばしの間水中で力比べだ。ようやく空中へ持ち上げて飛行しても、あまりの重さになかなか上昇できない。慌ただしく右へ左へと飛行しながら少しでも高度を稼ぐと、ヒナの待つ巣へ向かって必死で羽ばたきながら移動して行く。

ミサゴは体長約60cm。頭から腹にかけてのまばゆいばかりの白色と翼上面の茶褐色があざやかなコントラストで凛々しく美しい。

生きた獲物を捕食する猛禽類は、引き締まった体とすきのない身のこなし、威厳ある風貌をしている。ミサゴもいい顔つきをしている。

魚を食べる他のワシやタカが、水面をかすめて魚を捕えるのに対して、ミサゴは水面に体当たりするように激しく、もっと深いところの魚を捕える。この激しさがミサゴの精かんさをかもし出しているのかもしれない。

ミサゴは広い範囲の川や海を飛び回って獲物を探すが、中には魚がたくさんいる養魚場に居着いてしまう個体もいる。養魚場の池には非常に高密度で大物が泳いでいる。1日に1?2匹も捕えて食べれば十分である。居心地がいいらしく、毎日池のそばの電柱に止まり、その池から離れようともしない。時々急降下して大きな錦鯉をさらっていく。食餌場所へ運んで行って食べる。食べ終わると再び電柱に戻ってきている。

近年では、川や海の魚が減少している。ミサゴの生活も厳しさを増している。よくぞこの小さな養魚場を見つけたものだと感心させられる。利用できるものを見逃さない野生動物のしたたかさである。

しかし、養魚場に居着いたミサゴには、なぜか精かんさが感じられない。いつも十分な獲物にありつき羽毛を膨らませて止まっている姿は、川や海で獲物を探すシャープなミサゴとは別物のようである。

野生動物も人間も同じように楽な暮らしができることを望んでいる。野生動物はシャープに生きてほしいというのは、僕の勝手な願望であるかもしれない。

しかし、養魚場にべったりと居着いた生活が長続きするとは思えない。養魚場の持ち主は、ミサゴが錦鯉をさらっていることはまだ知らないようだ。ミサゴは今日も電柱でのんびりとくつろいでいる。大事な錦鯉を捕っていることが養魚場の持ち主にばれたなら、一悶着あることは間違いない。

人間とのあつれきの中で悪い結末にならないことを祈りたい。ミサゴという種全体が害鳥のレッテルを貼られることがないよう、持ち主に気づかれないうちにこのミサゴが退散してくれればいいのだが… 。貴婦人のような凛々しいミサゴに免じて大目に見てやってほしい。

Vol.16 ノスリ:停空飛翔でハンティング

停空飛翔で獲物を探す

ノスリは、北日本では留鳥として一年を通して生息するが、西日本ではほとんどの個体が冬鳥として秋から翌年の春までだけ滞在する。

夏鳥たちが去った後、入れ替わるように北からノスリが渡ってくる。山地から平地までの広い範囲で見ることができる。注意深く探せば、思わぬ身近なところで出会えるタカである。

農耕地で杭や電柱に止まっている姿はトビと似ているが、体全体がトビより白っぽく淡い色彩をしている。胸から腹にかけてはクリーム色で、両わき腹には焦げ茶色のパッチがある。
ノスリや他の猛禽類全般に言えることだが、彼らは一日の大半を狩りのために費やしている。ノスリは、見晴しの利く樹木に止まって地上を注視しながらノネズミや小鳥などの獲物が現れるのを待つ。獲物を見つけると一気に急降下して襲いかかる。風が吹かない日はこのような「待ち伏せ型」のハンティング方法を、転々と場所を変えながら行っている。

風が強い日には、「停空飛翔型(停飛)」のハンティングを頻繁に行う。停飛ハンティングは、山の斜面を吹き上げる風や向かい風を利用して、空中の一点に凧のように浮かんで地上に現れる獲物を探す方法である。翼と尾羽を広げたり閉じたりと微妙に調節しながらバランスをとっている。体が上下左右にわずかに動いても頭部の位置はまったく動かない。頭部を軸にして体が動いているように見える。頭部を動かさないことは、バランスをとるのに非常に重要であろうし、目の位置が変わらないので獲物を探すことに集中できる。

停飛ハンティングは、高空から広い視野で獲物を探したり、地上近くでポイントを絞って獲物を探すなど、停飛と移動をくり返して場所を変えながら続けていく。冬季に山の稜線を探すと、4〜5羽が尾根上に並んで停飛ハンティングをしている光景を観察できることも珍しいことではない。

ノスリは生きた獲物を狩るが、自分自身もさらに大型のイヌワシやクマタカに狙われる可能性がある。実際にイヌワシに襲われたノスリを何度か観察したことがある。いずれの場合もノスリは、イヌワシペアの交互の急降下攻撃をぎりぎりのところでかわしながら、羽ばたいて急上昇した。ノスリがイヌワシと同じくらいに高度を上げるとイヌワシの攻撃は収まった。ノスリは、イヌワシに襲われたときにやみくもに遠くへ逃げようとするのではなく、高度を上げるほうがイヌワシの攻撃を早く中止させることができるということを心得ているのだ。

イヌワシやクマタカは、ノスリよりも高い位置から急降下で襲ってくるから、ノスリは下を見て獲物を探しながらも、時々頭を持ち上げてまわりの様子を確かめている。自分より高い位置にイヌワシやクマタカが現れたなら、羽ばたきを交えてスピードを上げ、いち早く遠くへと去っていく。発見が遅れてしまうと命取りになる。

Vol.15 ハヤブサ:猛スピードのハンター

クリッとした瞳がかわいい猛スピードのハンター

細く、長く、先端がとがった翼を持つハヤブサは、スピードの王者だ。翼をすぼめて垂直に急降下するときには、時速300kmにも達すると言われている。

ハヤブサの獲物は、ハトやヒヨドリなどの小鳥が主体である。ハヤブサのハンティングは飛ぶ鳥を猛スピードで襲う空中戦だ。狙った獲物が林の中に逃げ込む前に、狩りを成功させなければならない。そのためには広く開けた場所が必要だ。

また、切り立った断崖でヒナを育てる。このようなハヤブサの生息地の条件を満たす場所は海岸である。荒波に削られた断崖と開けた海原、春と秋には多数の渡り鳥が通過する。十分な獲物と営巣場所がそこにはそろっている。

ハヤブサの繁殖は、春の渡り鳥の通過時期にぴったり合っている。ヒナの食欲がおう盛になる生後2週間くらいの頃、ちょうどヒヨドリの大群が次々と北上して渡っていく。ひと塊になって海上を渡るヒヨドリの群れに向かって、このときとばかりにハヤブサペアが発進していく。数百羽のヒヨドリの群れにペアで急降下攻撃をくり返し、それぞれ1羽づつヒヨドリを捕えて戻ってくる。

渡りの最盛期には、ヒナの待つ巣へ獲物を持ち帰って一息つくまもなく、次のヒヨドリの群れに向かっている。巣では、3〜4羽のヒナがおなかを空かせて待っているのだから親鳥も大忙しである。ハヤブサの繁殖には、渡り鳥が重要な役割を果たしているのだ。

狩りに忙しいときには、捕えた獲物を巣へは持ち帰らずに一旦岩場に隠し置いて、狩りに出かける。貯蔵した獲物は、狩りが一段落して巣に獲物が無くなったときに、巣へ運び込む。渡り鳥を次々と襲って、一時にたくさんの獲物を捕えるが、貯蔵することによって無駄なく獲物を利用しているようだ。

海岸はハヤブサにとって絶好の生息地だ。しかし、ハヤブサを調べていくうちに彼らの生息地は海岸だけではないことがわかった。生息地の条件を満たす場所は海岸から離れた内陸部にもあったのだ。

農耕地が広がる平野や大きな川・湖などが海原に変わって狩り場となる。山麓部の採石場や高層ビルまでもが営巣地となっている。獲物となる小鳥がたくさん生息していれば条件は満たされる。さらに渡り鳥の通過コースになっていれば申し分ない。

野生動物たちは、生息地の条件が整えばそこへ進出してくる。逆に、条件が失われたところからは姿を消す。

野生動物が生息するとは考えられないような採石場でさえもハヤブサはヒナを育てている。人間への警戒心を少し解き、騒がしいのを我慢して、なんとか暮らしている。ハヤブサにとっては、騒がしくても楽しい我が家であるのかもしれない。採石場を利用する例は数多く見られる。

ハヤブサは都市部にも姿を現した。本来、都市部には野生動物は少ないが、ハヤブサは都市部で数を増やしていたドバトに目をつけた。営巣地は、人間が近づきにくい高層ビルを利用した。

ドバトという一種類の獲物に依存する生活は非常に危ういものである。しかしながら当分は、都市に進出するハヤブサが各地で現れるだろう。

買い物や通勤途中で見上げた空に、猛スピードで急降下するハヤブサの姿が見られるかもしれない。

Vol.14 イヌワシ:ライバルはクマタカ

イヌワシの強力なライバル

日本の山地に生息するワシタカ類の中で、イヌワシは最も大きくて力強い。

イヌワシの天敵といえる動物はほとんどいない。イヌワシに天敵がいるとしたらそれは人間であるかもしれない。人間がイヌワシを捕まえて殺してしまうというケースは少ないが、人間活動の増大とともにイヌワシは生息場所を追われつつある。

イヌワシには、天敵ではないが強力なライバルがいる。イヌワシと同じ山地に生息するクマタカである。体のサイズはイヌワシよりひとまわり小さい。小さいとはいえ、体長は70〜80cmとイヌワシに次ぐ大型のワシタカ類だ。

両種ともにノウサギやテン・ヤマドリ・ヘビなどを捕食する。獲物が競合するためと思われるが、イヌワシはクマタカを見つけると、すかさず攻撃をかけて追い払う。

ある晴れた日、クマタカはゆったりと帆翔し空高く舞っていた。急に翼をすぼめて急降下を開始し、慌てて林の中へと消えていった。すかさずイヌワシが現れ、クマタカが消えた林の上を低く飛び回ってクマタカを探した。

またあるときには、イヌワシの営巣地の近くを通りかかったクマタカに対して、上空から弾丸のように急降下して攻撃した。イヌワシの攻撃に気づいたクマタカは、一目散に林の中へ逃げ込んだ。

イヌワシの攻撃を避けられずに、2羽がもつれ合うように林の中へ落下していったことがあった。林の中からすぐに出てきたのはイヌワシだった。一方、クマタカは出てくるのを確認できなかった。得意の林内飛行で移動して行ったのかもしれない。けがをしていなければいいのだが…。

両種の出会いはいつも、少し体の大きいイヌワシが優勢である。翼が短く林の中を上手に飛行するクマタカは、林の中に入ることでイヌワシの攻撃をかわしている。

イヌワシが生息する場所では、クマタカは長時間帆翔したり、高く舞い上がったりするような目立つ行動をあまりしない。イヌワシとの干渉をできるだけ少なくしているようだ。イヌワシが頻繁に出現する場所では、クマタカが生息しているにもかかわらず、その姿を見ることは少ない。

数年前までイヌワシが生息していた場所では、以前はクマタカはほとんど姿を見せず、時折ちらりと姿を見せる程度であったが、イヌワシが姿を消してまもなく、クマタカが悠々と舞い、ハンティングする姿が頻繁に見られるようになった。クマタカは、イヌワシとまともに出くわすことがないように行動を調整していたのだ。

両種は同一地域に暮らしながら、クマタカが林内、イヌワシが開けた場所を主なハンティングエリアとして棲み分けている。

Vol.13 イヌワシ:生息環境の変化

獲物を探して地上近くを飛行する

イヌワシは、1ペアが約100平方キロメートルの行動圏を持っている。

僕が住んでいる伊吹町の面積が109.17平方キロメートルで、ちょうど町内のほぼ全域を行動圏にもつイヌワシが1ペア生息している。イヌワシが1ペアしか住めないところに人間は6000人余りが暮らしている。なんとイヌワシの3000倍以上の密度である。イヌワシは、非常に生息数が少ない動物なのだ。イヌワシの生息数は、日本全国でも数百ペアと推測されている。

イヌワシの生息密度を決定づけている最も重要な要素は、食料となる獲物の生息密度であろう。ノウサギやテン、ヤマドリ、夏期にはヘビなど、生きた動物が主な獲物となる。これらの中型の野生動物がたくさん生息することで、獲物を見つける頻度が増え、狩りをするチャンスが増える。獲物が多ければ広い行動圏を持たなくても十分に生活していけるのだ。

ノウサギやヤマドリの生息数はこの20〜30年非常に少なくなっていると感じられる。僕が山の中を歩き回っても、ノウサギに出くわすことは年に数回程度しかない。お年寄りに聞くと、昔はノウサギは山だけでなく、集落や田畑にまでたくさんいたらしい。近年では集落周辺に足跡や糞はほとんどなく、山でさえも多くは見かけない。東北地方の白神山地の林道を車で走ったことがあるが、1時間に20頭ほどのノウサギが車の前に飛びだしてきた。その頃イヌワシの繁殖成功率が高かった(現在では繁殖成功率は低下している)東北地方では、ノウサギはまだたくさんいたようである。西日本では林道を走ってもノウサギの姿を見ることは珍しい。また、野外でイヌワシを観察していると、獲物を見つけることがいかに大変なことであるかがわかる。

イヌワシは、斜面を吹き上げる風を利用してホバーリング(空中停止飛行)で地上の獲物を探したり、地上スレスレに降下して繁みに隠れている獲物を追いだす行動をしたりと、必死にハンティング行動をくり返す。

1日中目まぐるしくハンティング行動をくり返しても獲物にありつけない。あくる日も朝から盛んにハンティング行動をくり返す。涙ぐましい努力にもかかわらず、ノウサギ1匹出てこないのだ。獲物となる動物が減っている。 抱卵中の雌には雄が獲物を捕えて運んでくる。しかし、雄が獲物を捕獲できないために、雌が空腹に耐えかねて抱卵を中止する繁殖失敗例が何度かあった。生まれたヒナが餓死する例も見受けられる。

獲物の減少はイヌワシにとって致命的だ。さらに追い討ちをかけるのが狩り場の減少だ。近年はイヌワシの棲む奥山にまで開発が押し寄せている。手入れされないスギやヒノキの植林地は薮となって、体の大きいイヌワシは狩りのために飛び込むことができない。炭焼きやたきぎ取りで管理されていた二次林も近年は放置され、人間が歩くのも困難なほど薮化している。

イヌワシは、「獲物の減少」と「狩り場の減少」という二重の困難に直面している。このままではイヌワシに未来はない。
放置された二次林や植林地にもう一度人間が手を入れ管理することで、野生動物と人間が共に利用できる森を復活できないだろうか。僕が現在いちばんやりたい(やるべき)ことである。

Vol.12 イヌワシ:人口巣の設置(その3)

白斑が青空に映える若ワシ

晩秋から初冬、イヌワシの巣造りが次第に本格的になってきた。果たして、秋に造った人工巣を使用してくれるだろうか。

僕の心配をよそに、イヌワシはせっせと人工巣に巣材を積み上げていた。雄と雌が交互に巣材を巣へ搬入している。人工巣は、僕たちが造った時よりひとまわり大きくなって居心地が良さそうだ。イヌワシは、この人工巣を気に入ってくれたのだ。

オーバーハングした岩の下は、雪が積もらず快適そうだ。ツキノワグマの通路を封鎖しているので、繁殖を妨害するものはなくなった。今年の繁殖が楽しみだ。

2月には抱卵している姿を確認した。雄と雌が抱卵を交代する行動も観察できた。繁殖は順調に進んでいる。抱卵の大半は雌が行う。雌が食事や休息の時には、雄が抱卵を交代する。

雄が捕えて巣の近くまで運んできたノウサギやヤマドリなどが雌の食物となる。抱卵期間中の雄の獲物の供給量が、繁殖の成否に大きく関係している。雌は飲まず食わずで雄が獲物を持ち帰るのを待っている。雄が獲物を捕えることができなければ、雌は空腹に耐えかねて抱卵を続けることができなくなってしまう。3日以上も食物にありつけないことはたびたび起こっている。長期間獲物が無い状態が続くと、抱卵中あるいは育雛中の雌は明らかにイライラしているのが見て取れる。巣を離れる回数や時間が多くなる。さらに獲物が捕獲できない状態が続けば、繁殖を中断してしまうだろう。

抱卵中の雌に与える分の獲物が確保できない貧弱な自然環境であるならば、ヒナが孵化しても育てることなどとてもできないだろう。イヌワシたちはそのことを十分に心得ていて、ダメと分かれば無理をすることなく繁殖中断するのではないだろうか。無理をしすぎて体力を失い、今後の繁殖に影響するようならば、かえってマイナスになってしまう。早めに決断して、来年以降の繁殖にかけたほうが長い目で見ると得策だろう。

3月下旬、人工巣で抱卵を続けていたペアは、2羽が同時に巣から離れて飛び回っている。残念ながら今年は繁殖に失敗したようだ。イヌワシの繁殖成功率は近年異常に低くなっている。このペアも例に漏れず、10年以上は繁殖に成功していない。

ペアは翌年もこの人工巣に産卵したが卵は孵化せず、繁殖に失敗した。その後も毎年のように人工巣に産卵したがヒナは孵化しなかった。

人工巣に産卵を続けて6年目、ようやくヒナが誕生した。待ちに待ったヒナの誕生である。何としても元気に巣立ってほしい。はらはらしながら観察を続けた。ツキノワグマが巣に登ってくることもなく、ヒナは順調に育っている。このままいくと5月の下旬には巣立ちを迎えるだろう。

6月に入って巣から離れたところを元気に飛行する若ワシの姿を確認することができた。若ワシが翼と尾羽の白斑を輝かせて飛翔する姿は、何回見ても美しい。一見、悠々と飛行する若ワシだが、まだまだ経験不足である。木の枝に止まり損ねて林の中へ落ちる滑稽な姿を見せるのもこの時期である。

人工巣はがっちりとまだまだ頑丈で、ツキノワグマの侵入を食い止め、オーバーハングが雨や雪からヒナを守っている。

今後もこの巣から若ワシが巣立ち、僕を感動させ続けてくれることを願っている。

Vol.11 イヌワシ:人口巣の設置(その2)

ザイルに身をまかせ宙づりで作業をする

ツキノワグマに襲われたイヌワシの巣は、巣材の半分以上が掻き落とされていた。

絶壁から張り出した小さなかん木の根元に、直径60cm足らずのイヌワシのものとしてはかなり小さい巣がのっていた。通常のイヌワシの巣は、直径100〜150cmくらいの大きさである。もともと巣を造る場所としてはいいところではない。巣を支えているかん木も、クマによって折られている。

イヌワシの巣場所としては、雨や雪が当たらないように巣の上がオーバーハングしていて、巣の土台となる水平なテラスがある岩場がベストである。こうした条件のいい巣場所はなかなか無いものだ。この巣はオーバーハングがなく、雨や雪がまともにかかってしまう。

ザイルで絶壁を降下して巣まで降りてみて初めて、巣を支えているかん木がクマによって折られていること、かん木の根元は小さくてこれ以上巣を広げられないこと、オーバーハングが無いことなど、現在ある巣を補修するだけでは営巣地として不十分であることがわかった。

巣から約7m横の同じ岩壁にオーバーハングした場所がある。クマがイヌワシの巣へ登ってきたのも、このオーバーハングの下の割れ目を伝って来たのだ。この割れ目に大きな石を敷き詰めてクマの通り道を封鎖すると、うまい具合に巣をかけるテラスが出来上がる。オーバーハングと巣をかけるテラスのあるなかなかいい条件の営巣地になりそうだ。予定外ではあったが、イヌワシの巣を基礎から人工的に造ることになった。

人工的に巣を造るとひとことで言うと簡単そうであるが、そこは断崖絶壁、ザイルを頼りに宙づりでの作業である。また、イヌワシに完全な人工の巣を提供するという日本初の試みでもあるのだ。

作業は、イヌワシが営巣地にあまり関心を示さなくなる夏の終わりから秋にかけて行った。人間への警戒心が非常に強いイヌワシを刺激しないための最低限の配慮である。

作業には多くの人間が必要である。巣まで降下して作業する人2名。降下する人のサポート1〜2名。巣のある岩壁の下からのサポートと、テラスに敷き詰める石や巣の材料となる枯木を拾い集めて巣の位置まで引き上げる人2〜3名。1日に5〜7名ほどの人間が必要である。

この人工巣造りには、信頼できるイヌワシ仲間が集まった。皆それぞれ各地のフィールドで研究・保護に熱心に取り組んでいる仲間達だ。遠いところでは400kmもの道のりを車を運転してかけつけてくれたのだ。

早朝から登山し、岩場に張り付いて泥まみれになって夕方まで巣造り。夕方からは、沢へ下ってのんびりと疲れを癒しながらキャンプを楽しむ。

こうした毎日をくり返すこと10日間、のべ60人もの人間がかかわって、新しいイヌワシの巣が完成した。出来映えは上々。十分に満足のいく巣が完成した。あとはイヌワシのお気に召すかどうか。どんなふうに巣を仕上げるかはイヌワシしだい。冬から始まるイヌワシの巣造りで、さらに巣材を積み上げ、彼らの思い通りの巣を完成させてくれればそれでいいのだ。